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256 貴方だけを愛し続けます ◆PsPjd8yE3E sage 2008/04/29(火) 11 37 18 ID oo22afgX [kai side] 俺はいつもどおり起きて、いつもどおり朝食を食べて、 雪にせっつかれながら学校の用意を済まして、 雪特製の弁当を持たされて、学校へと駆け出した。 もちろんのことチャリ通学だ。 それでも、着いたのは朝の7時半。出欠確認の8時半にはには早過ぎる。 まぁ、だけど俺は生徒会の手伝いもあるかもしれないのでいいか。 「や、おはよう」 「ああ、お早うっす。会長仕事無いっすか」 「うーん、残念ながら無いねー。 ただ放課後手伝ってくれるかい?」 「あー、じゃほかの役員も・・・」 「いや、構わんよ。私と君二人で充分だ」 「あ、そっすか」 先週みたいに、またいきなり 『すまんな、明日の朝会まで進行のを仕上げなくちゃいかなくなった』 とか会長に言われるのかと思ったが・・・。 一応言っておこう、別に役員が無能ではないのだ。むしろ有能といっても過言じゃない。 かといって、彼らの出席は芳しくなかったりする。 部活だの勉学だの恋愛だの資格取得だの、と皆々が多忙なため、 ハプニングが起きると、絶対的に労働力が間に合わないという事に成りかねないのだ。 そこで暇人たる魁や魁の現れる日だけ手伝い気分で来る雪に、白羽の矢が立ったのだ。 僕は密かに置いた私物であるコーヒーメーカーの電源を入れると、パソコンを立ち上げた。 「しかし、君もよくやるよね」 「何がっすか?」 「いや、普通学校にPC持ってきて、 しかも学内のLANにつなげるやつなんていないよ」 「うるせー、だってしょうがねー。うちの妹が・・・」 「理由になってないよ、それ」 修羅場総合SSへの原稿を読み返しながらコーヒーをすする俺。 しかも、と頭に手を当てて会長はこういった。 「いつもいつも君は理由に妹さんが付くんだな」 「ああ?俺がシスコンだってか?」 「超一流のな、それじゃ互いに兄離れ、妹離れ出来んぞ?」 「まぁ、そうだ、な」 257 貴方だけを愛し続けます ◆PsPjd8yE3E sage 2008/04/29(火) 11 37 59 ID oo22afgX [Yuki side] 私の朝の日課。 その一つは、母さん、お義父さん、兄さん、私の四人分の朝ごはんを作る。 そして食器を洗って片付けること。 母さん達は起きるのが私と同じ位なのに、 食べて身支度を揃えたら「悪いわね、家事押し付けちゃって」 とばつが悪そうに仕事に出ていく。 いいんだよ、母さん。 私は、兄さんに相応しくなるためにやってるんだから。 私に言い寄ってくる人はいる。けれど兄に比べたら屑そのものだ。 私が欲するのは、容姿が整った人でも、秀才な人でも、肩書きがすごい人でもない。 本当の優しい人。 兄のように幾度となく、私が幼少の頃に手を差し出してくれる人はいるだろうか? 否。絶対に面倒臭がって、もしくは思い通りにならない義妹に愛想を尽かすだろう。 裏を返せば兄はしつこい人でもある。が兄を動かすのは純粋な優しさを持っての行動だ。 母よりも長い時間を、お義父さんよりも濃い密度で接していた私がよく知っている。 それに私を想い、助けの手を差し伸べる人はいないし、いなかった。 大体思春期の後半から抜けきった男子は、私を厭らしい眼つきで見るのを感じることがある。 そういう、奴ばかりなのだ。だから恋愛感情を抱くこともなかった。 だというのに、残念ながら兄がそのような眼つきで見てくれることはないのだ。 ただ私としては高校生となってから、お風呂上りのバスタオル姿で偶然見て、 慌てて眼をそらしたことがあった。でも、チラッと目先だけを戻してましたよね、兄さん。 脈がないわけじゃない、そう思うとすごく燃えてきた。 258 貴方だけを愛し続けます ◆PsPjd8yE3E sage 2008/04/29(火) 11 38 46 ID oo22afgX 結論、兄以外に恋を体験したことはないのだ。 うむ、しかし、やはり兄さんの良さに言い切るには無限の時間が必要だ。 閑話休題。 私と兄さんには、暗黙の了解がある。 兄さんが6時半になっても起きなかったら、起こす。 いつのまにかどちらともなく決まったルール。 置時計をせわしなく交差させる私。 「お早う」 残念ながらも今日は兄さんの寝顔を拝見できなかった。 昨日の朝、兄さんおベットから一日が始まったことを考えれば、 贅沢かもしれない。でも、できるならば毎日眺めていたい。 兄さんが私の料理を食べ終わるのを、私は頬杖をかいて見つめる。 私はとっくに朝食を済ましており、兄さんが食べ終わるまでやることはないからだ。 最初のころは恥ずかしがっていた兄さんだけど、 いまではテレビを見ながら、のん気にご飯を食べている。 「しかし、妹よ」 「何、兄さん」 「兄の食べる姿を見るなんて物好きだな、お前も」 まったくわかってないんだから。 片手を腰に挙げて、メッと言うように仁王立ちした。 「・・・いーい?女にとって自分が作った食事を、美味しく食べてもらうの嬉しいんだから」 最愛の人ならばなおさらね。 「はぁ、ったくお前は残存するやまとなでしこか?」 最後の一口を頬張り、ごちそうさまと手を合わせた。 兄さんは朴念仁だ。 でも、そのおかげで未だ彼女がいない。 優しさゆえに時たま人を惹きつける何かを持ってる。 なんて妄想を抱いてしまうのが私だ。 259 貴方だけを愛し続けます ◆PsPjd8yE3E sage 2008/04/29(火) 11 39 27 ID oo22afgX もっともその感情が恋心に変わらないように、 一つ一つ毟り取っていったのが事実だけど。 兄さんに近づく雌犬はなんびとたりとも許しません。 そのあと私は兄さんを急かして、さっさと学校に送り出す。 本当は、一緒に通いたいのだけれども、兄さんのベットで寝転がる。 その魅力には、私は耐えられないのだ。兄さんの胸板に頬ずりするのが昨日とは思えない。 だけど、それは真実で、 「今度は、最初から一緒に眠りたいな」 私は三十分位堪能した後、疼く体をシャワーを浴びてさっさと学校へと向かった。 兄さんが通う生徒会には、あの汚らわしい雌がいる。 本当は止めたいのだけども、兄さんが進路のためと言うと断れないのが現状だ。 しかしあの雌以外まともに活動を行ってないらしく、兄さんと雌二人。 これではいけないと、私も兄さんが穢れないために、動き出した。 兄さんが朴念仁なおかげで、兄が通い始めた半年前から進展という進展は無い。 気づいたときに、手遅れだったなんてオチがなくてよかった。 だけどあの雌は兄さんに時折粘ついた視線を向ける。 私には、わかる。あの雌が、描いている汚[きたな]らしい想像を。 私が思い描く兄さんとの素晴らしい日々を壊す、その夢を。 絶対に、兄さんを渡してなるものか。
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あれから一年が経過した。 様々な場所を巡り、追っ手の襲撃から逃れる男は、またこの町に戻ってきた。 今回は、依頼を一つ受け取ってここにやってきた。 依頼の内容は、酒場で落ち合った時に話されるそうだ。 報酬も、その時に相談する。やばい物を引くかどうか、まだわからない。 (ま、その時はガッポリ頂いてやればいいだけだが……) 表のバーで話すわけにもいかない。少々身の危険は増すが、裏のバーへ向かうことになる。 いつか通った裏通りを、周辺に目を配らせつつ歩く。 時々見える、ストリートチルドレンのような風貌をした者が、こちらを睨んでいた。 (いつの時代も……ひどいもんだ……) 極力目を合わせないように歩く。それでも、敵意だけは逃さないように意識し続ける。 常に神経を擦り減らすような行為だが、最早慣れてしまっていた。 口の端から立ち昇る白い煙が、空に吸い込まれて消えた。 先端のオレンジが、暗い裏通りを弱々しく浮いていた。 何事もなく、バーに到着する。街灯もない裏通りのバーは、看板の明かりが鮮やかに見えた。 それも、頼りないほど弱々しい物ではあるが。 一昔前のテキサスを思い出させるような扉を開き、店の中へ進む。やはりこの扉は雰囲気作りだろうか。 店はそこそこ賑わっているようだった。 満員とまではいかないが、それなりの客の数。 ゴロツキの様な風貌が多いところを予想していたが、そうでもないようだ。 確かに、表のバーに比べればそういった輩が多い。それでもまともな人間もいるようだった。 「いらっしゃい」 初老のマスターの口から、そう言葉が出てくる。 見回してみても、クライアントらしき人物はまだ見えていない。 腕時計を確認する。時間まで後10分あった。 クライアントに指定された席に腰を下ろす。カウンターの一番奥の席だ。 周辺に座っている客はいない。事前に指示されているのだろうか。 いや、そもそも客自体そこまで多くはない。裏のバー故なのか。 裏といってもやばい営業をしているわけではないと思うが……。 そうこう考えていると、目の前にグラスが置かれた。 透明な液体に満ちた、一杯のカクテル。 「依頼主の方から、それらしき男が来たら一杯サービスを、と」 かすかに香るライムの芳香が、鼻腔を刺激する。 ゆっくりとグラスを持ち上げ、氷を鳴らし返事とした。 ラジオから流れるジャズに、耳を傾ける。それしかすることがなかった。 待つこと数分。二杯目を注文した辺りで、クライアントが現れた。 「すまない。待たせたな」 彼とさほど変わらない年齢だろうか。凛々しい顔立ちをした男だった。 髪はオールバック。羽織っている黒いコートが印象的だ。 「マスター……いつもの頼む」 シェーカーを振るマスターにそう告げ、クライアントは彼の隣に腰を下ろした。 グラスに注がれた白いカクテルが、彼の前に置かれた。 それと同時に、クライアントの男はコートの内ポケットへと手を伸ばす。 グラスへ手を伸ばす、それと同時に咆哮が響いた。 ダンッ!! 全てが停止し、ラジオから流れる静かなジャズだけが店内に響く。 焼けた火薬の芳香が、鼻をくすぐる。カウンターに一つ、小さな穴が開いていた。 クライアントの男の手には、拳銃が握られていた。 「……なんの真似だ?」 決して動じることなく、カクテルを口に運ぶ。 視界の端で、静かにカクテルを作るマスターが見えた。 ふん、と溜め息を吐き、男は銃を懐に戻す。 「ちょっとした度胸試しだ。こんなことでビビるような人間に、依頼なんざできん」 それもそうかも知れない。だが普段からそういったことに慣れている彼には、まったく無駄な行為だった。 「マスター……今の音、何で……す……か?」 弱々しい声で、それでいて言葉の最後にはブレーキがかかっていた。 店の奥から現れた一人の人物は、その視線がある場所で停止する。 「……シーナ……?」 紛れもなく、一年前に出会った少女だった。 「お久しぶりですね」 ぶっきらぼうに、顔を合わせることなく彼女は言う。 たった何度か会っただけで、そうフレンドリーになるわけではないが。 とりあえず、いくつか聞きたいことがあった。 そのために、クライアントには一旦席をはずしてもらうことにした。 「丁度一年前ぐらいか……今はここで働いてるんだな」 ひょっとしたら、複数のバイトを掛け持ちしているのかもしれない。 と言うかそう考えるのが自然なのか。 「向こうの店長の紹介です。ここのマスターは向こうの店長の古い友人だそうで」 なるほど……と、別段それを聞いたところでどうと言うわけでもないが。 それよりも、大事な問題がある。先程よりずっと気になっていたこと。 「……どう見ても成人女性には見えないんだが……それと、その格好はなんだ?」 年齢については詳しく問うた事はない。が、とてもじゃないが20を超えているようには見えなかった。 そしてその格好……なんと言うか……。 「……気にしないでください。そこは乙女の秘密ということで」 適当にはぐらかされてしまった。言及するつもりは特にないが。 「この服は……えっと……その……」 静かに、ゆっくりと視線の向きを変えていく。 追ってみると、その視線はマスターへ向いていた。 どうやら、趣味らしいな……。 「まぁ、前も言ったがお前の行動にとやかく口を出すつもりはない」 空になったグラスを置き、続ける。 「人の金の稼ぎ方なんぞ、興味はない。……俺も褒められたようなものではないしな」 マスターに次の酒を注文し、一つ溜め息をこぼす。 彼女はその姿を眺め、黙り込んだ。 途端に二人の間には会話が無くなる。なんとなく、口を開くのが躊躇われる空気だった。 そうしていると、白い液体に満ちたグラスが置かれた。 『ありがとう』と小さく告げ、口に含む。彼の好きな、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。 少女が胸の前で手を結び、ちょっとだけ自分を勇気付ける。彼に向かって、口を開いた……。 「そろそろよろしいかな?仕事の話に戻りたいんだが」 痺れを切らせたのか、クライアントが戻ってきた。そう長いこと話していただろうか。 彼女の方を見ると、仕事に戻ったようだった。何やら雑用めいた事をしている。 「あぁ、すまない。つい話し込んでしまった」 そう言うと、クライアントは何も言わずに席に座る。手には先程とは違うカクテルが握られていた。 その真っ赤なカクテルが、なんとなく嫌な思い出を思い出させる。 確か名前は『エル・ディアブロ』だったか。その名前も、彼は少々気分が良いとは言えなかった。 「で、仕事の話に戻るが……」 そう言うと、コートのポケットへと手を伸ばす。そこから出てきたのは、小型の端末だった。 何度かキーを押し、その画面をこちらへと向ける。そこには、様々な情報が書かれていた。 「輸送機の手配はこちらでしよう。目的は、研究所の制圧だ」 声のトーンを落とし、出来る限り声が他に渡らないように話す。 画面に表示されているマップには、目標となる研究所の外観が映し出されている。 「手順を説明する。まず外の砲台、警備隊の排除は我々が行う。 その後、我々がMTに搭乗し、研究所へ侵入する。その際に先行し、守備隊の排除をお願いしたい 研究所を制圧し、全てのデータを盗み終え脱出するまで、警戒を怠らないように。その後脱出すれば、晴れて任務完了だ」 話しながら端末のキーを押し、様々な情報を次々に表示させる。 そう難しくはないだろう。あまり大きな稼ぎは期待できないか……。 「報酬は20000c用意した。こちらの財力もそう大きくは無いので我慢して欲しい。 なお、依頼の遂行具合によって減算・加算は覚悟して欲しい。以上が今回の依頼の内容だ」 ……ランクとしては中の下ってところか。 実際に現地へ赴いてみないことには、何が起こるかわからない。 しかし、そう難しい内容ではないだろう。多いとも少ないとも言えない報酬が、それを物語る。 気になるのは、彼らが略奪を試みようとしているデータとやら。 それ相応の金になるのだから彼を雇おうと思っているのだろうが、その内容の重要度によっては、警備体制もある程度変動する。 「……まぁいいだろう。それで手を打とう」 とは言っても、あまり気にしていられない。 散財が多く、依頼の少ない彼にとって貴重な収入源だ。 そう依頼を選んでいられないのが、悲しいが現状である 空になったグラスを見つめ、少し考える。今の内に、聞いておけることだけ聞くとしよう。 マスターに次の注文をし、男の方を向き直る。 「いくつか質問させてくれ」 クライアントは一瞬渋り、OKの返事をする。ついでに彼も次の注文をした。 「研究所の所有者は誰だ?」 自分の前に置かれた琥珀色の液体を見つめ、言う。 映し出された自分の顔がなんとなく嫌で、一気に飲み進めた。 「キサラギ……しかし研究内容が特殊すぎて、末端の連中しかいないそうだ。 本社にもやや見放され気味の研究らしい。……正直、金になるかと言えば微妙なところだな」 クライアントの前にもグラスが置かれる。趣味なのか、またも赤に近い色をしていた。 いや、どちらかと言うとピンクに近いだろうか……。まぁどうでもいいが。 「金になる望みが薄いのに……なぜ狙うんだ?」 率直に質問することにした。あまり危険なことに首は突っ込みたくはない。 今の内に詳細をできるだけ確認しておかなければ、後で馬鹿を見ることもあるだろう。 「………………」 黙々とカクテルを口に運び、全く口を開こうとしなかった。 完全なる黙秘。 「……まぁ、聞かれたくないのならば聞きはしない。だが、こっちだって仕事なんでな。一応確認したい」 それでも彼は口を開こうとしなかった。 つい溜め息がこぼれる。気づけばグラスはまた空になっていた。 「マスター……XYZ」 さらに注文をする。この日は、何となく酒が進むのが早かった。 さらに沈黙がお互いの空間を支配する。このままでは埒があかない。 「……わかった。あえて聞かないでおこう……」 このまま無言でいるのも意味が無い。仕方なくこちらから退くことにした。 「すまない……」 それだけ言って、目の前のグラスを空にする。 立ち上がると、いくつかの札を置いてこう言った。 「代わりと言っては何だが、この場は奢ろう。 それでは……レイヴン、期待しているぞ……。」 コートを翻し、去っていく。その後姿が何となく小さく見えた。 彼が店を出ると同時に、最後のグラスが置かれる。 すぐに飲んで、店を出ようと決めた。 「……レイヴンだったんですね」 そんな彼に、少女のか細い声が届く。 声のした方向を見ると、何とも言えないオーラを出しているシーナがいた。 「……どうかしたか?」 なんとなく、近寄りがたい雰囲気だった。 つい恐る恐る話しかけてしまう。 「いえ……なんでもありません」 それだけ言うと、彼女は仕事に戻った。決してこちらを振り向くことなく。 心の中に疑問符を浮かべながら、最後の酒を口にする。 爽やかなレモンの酸味が、精神的にも、肉体的にも疲れていた彼を癒した。 (……急に様子がおかしくなった……気のせいか……?) それ以降、彼女は一度も彼に話かけて来なかった。 作戦決行の前日。生憎の曇り空が何となく気分をブルーにさせる。 一雨来るかもしれない……そう考え、歩調を速める。 向かった先は、一年前……一日だけ世話になったあの店だ。 ドアベルを軽快に鳴らし、駆け込む。急いだつもりだったが、雨の方が一足早かった。 肩も髪も、着ていた服も濡れてしまった。 唯一の救いは、駆け込む少し前に降ったことで、そんなにひどく濡れていないことだけだ。 「とんだ災難だったな……」 天気予報では晴れだった気がしたが……予報なんてそんなものか。 そんな文句を垂れたところで、どうにもならない。とりあえず、目的地に着いたのだからよしとしよう。 「いらっしゃい」 声が、窓の外を見つめる男の背にかかる。 振り向けばそこに、あの時とほとんど変わっていない店主がいた。 「おや、お久しぶり」 どうやら、覚えていたらしい。変わらぬ表情で、挨拶をした。 「覚えていたんですね……お久しぶりです」 とりあえず、握手を求めた。それに応じ、店主も手を伸ばす。 「客はそんなに多くないんでね……悲しいが、一度来た客の顔は大体覚えているよ」 こっちとしては嬉しいが、店としてはやばいのではないだろうか。 まぁ、口に出して言ったりはしない。店主も理解しているだろう。 「それに……彼女と何らかの関係があったみたいだしね」 握手を解き、遠い目をしながら店主は言った。 彼女……シーナから何か聞いているのだろうか。 そこで、ふと気づく。 「……あいつは……今日はいないんですか?」 見回してみても、姿は見えない。てっきりいるものだと思っていた。 彼女に用事があって来たのだが……無駄足だったか。 「シーナちゃんなら今日は休暇だよ。彼女に用でもあったのかい?」 「いえ……そういうわけではありませんが……」 つい否定してしまう。何か余計な勘繰りをされても困るから。 このまま世間話を続けていても仕方が無い。仕方がないが、本題に移ろう。 「今日は、聞きたいことがありまして」 そう、聞きたいこと。そのためにやってきた。 シーナはいない。ならば代わりに店主に聞くまでだ。 「……私が答えられる範囲内なら、答えるよ」 店主はそう答えてくれた。ならば、さっそく聞くとしよう。 「聞きたいこととは他でもない……シーナさんのことです」 そう言うと、店主は微妙に眉を歪ませた。彼は気にせずに続ける。 「何度か関わっただけの、ただの憶測に過ぎませんが……彼女はお金に困ってるんですよね?」 旅人を襲撃する略奪行為……複数のアルバイト。 それだけで、大体の予想は可能だった。金に困っているとしか思えない。 「……彼女を取り巻く環境について、君がどこまで知っているかはわからないが……。 ……確かに彼女はお金に困っていると言っていた。確か……妹さんと二人暮らしだと言っていたな」 妹と二人暮らし……両親は既に亡くなっているのだろうか。 ならばその妹を支えることができるのは、姉である彼女のみ……ということか。 (なるほど……だからあんなことを……) 「両親については、私も詳しくは知らない。既に亡くなっているのか……それとも遠くへ出ているだけなのか……」 後者の可能性は限りなく薄いのではないか。なんとなく、そう予感させていた。 「そうですか……わかりました」 それだけ言って、ドアへと向かう。さっきまで降っていた雨は、少し弱くなっていた。 「もういいのかい?」 「……残りは本人に聞くことにしますよ」 振り向かずにそう言った。 ドアベルと雨の音が、店内に響く。 雨の中に消えていく彼の後姿を見て、店主は溜め息をこぼした。 弱い雨をその身に浴び、宿の駐輪場に置いてあるバイクへと乗り込む。 ガレージへと移動する際、その度に移動手段に困っている。それを解消するために最近購入したものだった。 (残りは戻ってきてからだな……) ここ最近は追っ手との遭遇も少ない、しばらくはここに留まっても大丈夫だろう。 そう思い、明日の依頼で搭乗するACを脳内で構成し始める。 様々なパターンを想定しながら、バイクは街の外へと駆け出していった。 早朝 クライアントが手配した輸送機が到着した。 ガレージよりACを搬出し、輸送機へと搭乗させる。 続いて、彼も輸送機へと乗り込んだ。その際に、今回の行動に関する書類が渡される。 「基本はバーで指示したとおりだ。不測の事態には、その時に最善と思われる方法で独自に対処して欲しい」 書類をめくりつつ、中身を確認する。研究所の内部マップまでご丁寧に用意してあった。 「……OK」 それだけいい、輸送機内の席へ腰を下ろす。 「……オペレーターは雇っていないのか?」 輸送機内には、オペレーターの役割を担う人間の席も用意されていた。 本来なら、レイヴンはオペレーターを雇っているはずなのだが、彼は雇っていない。 「……必要ない。全て自己判断で遂行できる」 それだけ言って、書類に視線を戻した。 そんな彼を見て、クライアントもこれ以上何か言う気が起きなかった。 輸送機が離陸し、作戦領域へ向かって羽ばたいていった。 ACへと乗り込み、目の前の映像に目を光らせる。 既に戦闘は展開されているようだった。固定砲台が火を噴き、反撃の機銃をMTが掃射している。 しばらく見守っていると、砲台は全て沈黙し、敵対勢力は研究所内部だけになった。 『ACを投下する。レイヴン、頼んだぞ』 『了解』 通信機越しの機械のような声。慣れたものだが、違和感は絶えない。 そう思うと、輸送機からACが放たれた。 ブーストを吹かしながら着地し、辺りを見回す。 クライアント側のMTが集結し、既に侵入の準備に取り掛かっていた。 それを見て、覚悟する。 (……よし。やってやるか!!) 研究所のゲートを開き、中へと進んでいった。 内部の警備体制は、外と大して変わらなかった。 やはり本社に見放された末端と言う所か……防衛に資金を費やしている余裕はほとんどないらしい。 AIで制御されたMTを、次々とブレードで突き崩していった。 (かなり手薄な警備だな……) とても何かを研究している施設とは思えなかった。 そこまで本社に異端扱いされていると言うのか……何を研究しているのやら。 (……俺には関係ないことだがな) 誰に言うでもなく、余計な思考を停止させる。 今は研究所の制圧だけを考えよう。 真っ直ぐに前を見つめ、襲い来る自律兵器へマシンガンをぶち込んでいく。 特にトラブルも無く、すんなりと進軍することができた。 時々後方を確認し、クライアントのMT部隊が付いてきている事を確認する。 進軍は順調に進んでいった。 大きなコンピューターが置かれたフロアに出る。 フロア全体が広く、先程まで狭い通路を通っていて強張った肩が一気に解けた気分だった。 コンピューターを破壊しないように最新の注意を払わなくてはならない。 もとよりそのおかげで、固定砲台が数基あるのみのフロアだったが。 マシンガンで順当に破壊していく。気が付けば残弾数は半分以下になっていた。 (……もう少し弾数の多いものを選ぶべきだったか) まぁ順当に行けばこの後は帰還するのみである。そうなれば肩の武装のみでなんとかなるだろう。 クライアントの部隊がコンピューターへ接続し、何やら操作を始める。 データを盗み出しているのだろう。 その間、彼は周辺を警戒し続ける。増援が無いとは、想像できないからだ。 (データの入手が先に終われば、仮に増援が来たとしても逃走するのもありか……) もちろんその際は、MT部隊を先に逃がさなければならないのだが。 ともあれ、不測の事態は常に想定しなければならない。 神経を研ぎ澄ませ、いつでも戦闘体勢に移行できるようにしておく。 『くそっ……プロテクトが複雑すぎる!!』 MTの搭乗者からそんな声が聞こえた。どうやら、すぐには終わってくれないらしい。 意味も無く周辺を歩いてみたり、マップやレーダーを確認してみたりする。 なんとなく、暇なのだ。 『解析完了、データの取得に取り掛かる』 あと少しで終わりというところか……。 急かす訳にもいかないので、何も言わずに待機する。 ビーッ!ビーッ! 警報が鳴り響いた。危険を示す赤いランプが所々に点灯している。 『なんだっ!!』 それなりに、まずい事態になっているらしい。レーダーにも敵反応が出ている。 『急いでくれ。どうやら増援が現れたようだ』 冷静に告げ、戦闘体勢へ入る。後方では、MT部隊が慌しくもデータの入手に勤しんでいた。 ゆっくりと、ゲートが開く。完全に開くと、そこには一機の緑のACが佇んでいた。 『……敵ACを確認……破壊する……』 機械的な声が聞こえる。それは敵ACが放った声だった。 (これは……AI?) なんとなく、声だけでそう感じ取った。浅はかではあるが、支障はないだろう。 (何であろうと……撃破するのみ!!) 先手を取る。ブーストを吹かし、全速力で接近。 挨拶代わりの一発として、肩のグレネードを叩き込む。 しかし、相手は難なく回避する。どうやら高機動タイプのACのようだった。 両腕にライフルを装備した軽量2脚AC。 目視ではそこまで確認するのが限界だった。 高火力武器……ここではグレネードやブレードを当てていけば問題ないだろう。 側面を取られないように常に相手の裏をかいて移動する。 射撃のチャンスを狙いながら、じっと相手を見据える。 マシンガンで牽制は欠かさない。確実に相手の装甲を削っていくのも、戦術だ。 (動きは悪くない……が、相手が悪かったと言うべきか) 『そこだっ!!』 グレネードが火を噴いた。ついでにブーストを全開にし、急速接近。 火球が、緑のACを捉えた。爆風が視界を遮ったが、感覚を研ぎ澄ませ、相手を見る。 反動でよろめくACに、オレンジの一閃を叩き込む。 これはかなりのダメージになったはずだ。 (よし……このまま終わらせてやる!!) 武器をパルスキャノンへと切り替える。 特有の音を発しながら、敵目掛けて連射。確実に装甲を削っていく。 (よし……とどめを……!!) 『データは渡さん……貴様らなんぞにぃぃぃぃいいいいい!!』 途端、吼え猛る。機械的な声は全く変わっていないが、その声は確実に人の『念』がこもっていた。 (まさか……AIではない!?) そう思った瞬間に、視界からACが消え去る。レーダーを追うと、コンピューターへ向かって突撃していた。 (こいつ……データごと吹っ飛ぶ気か!?) すかさず追う。しかし、軽量2脚ACのスピードには中々追いつけない。 (くそ……こうなりゃ!!) ここで撃てば、コンピューターに流れる可能性が高い。だが、手段を選んではいられない。 グレネードを構え、ロックする。 (決める!!) 轟音と共に、火球が飛び出した。 「あのデータは、一体なんだったんだ?」 帰還する輸送機の中で、そう問う。彼は、精神的に大分参っていた。 表情にも疲れが見える。 「…………」 相変わらず、黙秘を貫いていた。 そんなクライアントの態度を見て、つい溜め息がこぼれてしまう。 「……報酬の増額は期待してもいいのか……?」 こっちはAC戦までやらされたんだ。ある程度予測していたとは言え、予定に無い戦力だ。 多少の増額は、期待させて貰ってもいいだろう。 「……そうだな。申し分ない働きもしてくれたことだ……ある程度の増額は考えよう」 とりあえず、増額は期待できる。その声を聞いて安心したのか、つい夢の世界へと旅立ってしまう。 全身から、力が抜けていった。 目覚めると、丁度ガレージへ帰還したところだった。 ACがガレージへ搬入されるところで、クライアントが用意した作業員が作業をしている。 座席から立ち上がり、輸送機の外へ出た。 「お、目が覚めたか」 リーダー格の男から声がかかる。 「すまない……大分疲れていたようだ」 「いいってことよ。気にするな」 それだけ言って、ガレージの方を見る。 忙しなく作業をする人々。こうして見ると、一仕事終えた開放感を味わうことができた。 ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。 仕事の後のこの一服が、たまらなく幸せな瞬間だった。 「報酬の方は口座に振り込んでおいた。確認してくれ」 その声に、「あぁ」と適当に返事をする。 まだ意識が覚醒してないのか、頭がぼーっとしていた。 眠い瞼に、落ちかけた日差しが眩しかった。 既に日は落ち、空には月がポッカリと浮かんでいる。 妙に冷え込む夜だった。 (夏だからって熱帯夜とは行かないか……) そんなことを考えて、夜の街を歩く。 通りの街灯が頭上から降り注ぎ、彼の白髪を一層白く見せた。 (さっさと宿に戻ろう……) 足を速め、宿に向かって歩く。一刻も早く、睡眠が欲しかった。 それと、白髪を物珍しそうな視線で見てくる奴が何となく不快だった。 (……そんなに珍しいのかね……この髪は) そんなことを考えていた。どこか皮肉を含んだように、心の中で吐き捨てる。 そこで、考えるのをやめた。さらに歩調を速め、宿へと急ぐ。 そこでふと、目の前の曲がり角から人影が現れた。 「おっと」 瞬間的に、足を止める。ギリギリの所で当たらずに済んだ。 「あ……」 可愛らしい声が耳に届く。その声の主を見ると、紛れも無くシーナだった。 「……よう」 何となく、適当に挨拶が出る。片腕を上げ、気さくに挨拶したつもりだった。 それでも、どこと無く無愛想なのは元々の彼の性格だろう。 と、ここで重要なことを思い出す。 「そうだ……話があるんだが……」 「急いでますので……ごめんなさい」 そう言うと、足早に去ろうとするシーナ。表情、声の調子、共に明らかに不機嫌そうだった。 「っておいおい。ちょっと待ってくれよ」 逃げようとするシーナの肩を、つい思いっきり掴んでしまう。 シーナは、その腕を思い切り振り払い、強く言った。 「近寄らないでください!!私は、レイヴンが嫌いなんです!!」 ……彼はしばし放心する。彼女は本気の表情をしていた。 「ふっ」っと、短く溜め息がこぼれる。レイヴンとして、あまりいい気はしない言葉だったから。 「わかったら……話しかけないでください」 それだけ言って、振り返る。ゆっくりと歩き出すシーナの背を見て、しばし迷う。 (なんで……数回会っただけなのに気にかけちまうんだろうか……) 「俺も、レイヴンが嫌いだ」 しばらく迷って出てきた言葉は、それだった。 シーナの足が止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「……なぜ?あなたはレイヴンなんでしょ……?」 その疑問を抱くのも当然だろう。レイヴン嫌いのレイヴン。それだけで妙な話だと思ってしまう。 実際に、そう少なくはない話なのだが。 「……レイヴンだけじゃない。企業が……アークが……レイヴンを取り巻く環境全てが嫌いだ。」 淡々と、語りだす。シーナは静かにそれを聞いていた。 「あの事件さえ……無ければ……!!」 つい、力が入ってしまう。歯をギリギリと鳴らすほど、イラついていた。 (あの事件って……まさか……) その予想は、果たして当たっているのか。 この世界には、レイヴンが関わっている事件も少なくない。 いや、むしろそういった物の方が多いとも言える。 程度は様々だが、実に多くの事件が存在する。 「お前は……なぜレイヴンを嫌う?」 ここで、彼が聞く。自分の事を他人に話すのを嫌う彼は、事件について詳しく話した人間は一人としていない。 それは、シーナ相手でも一緒である。いや、むしろ思い出したくないといったところか。 「……私の両親は、レイヴンに殺されました」 場所を人通りの少ないところに移し、彼女がそう語りだす。 表情は憂いを秘めていた。まぁ……話す内容が内容なので、そういった顔になるのだが。 (まぁ……よくある話といえばよくある話。……だが) 「正確には……私は両親が殺された現場を見ていません。……でも、レイヴンに殺されたことだけは確かです」 煙草に火を点け、咥える。立ち上る白い煙が、少しだけ目に痛かった。 「現場を見ていないのに……か」 普通に考えればおかしな話だが、何かあるのだろう。 大人しく話の続きに耳を傾ける。 「妹が……見ていたんです」 妹。確か二人暮らしだと言っていたか……。 「妹も、ショックで詳しいことは記憶にないみたいで……でも、ACに潰された……と」 ……直接潰されたとなれば、惨い事この上ない話である。 市街戦か何かに巻き込まれた……と考えるのが妥当なところか。 「それ以来……レイヴンを憎むようになりました……。 今では……そのレイヴンに復讐するために……お金を……。」 (なるほど……だからあんなことをしていたのか……) 寄りかかっていた壁を離れ、煙草を捨てる。 自らの足で踏み潰し、消化を完了させた。 「……そのレイヴンを追う手段は……あるのか?」 そう言うと、彼女は静かに首を振った。 当然といえば当然か……。ACの構成も、エンブレムも正確に把握していないのだから。 彼女の妹とやらも、ショックで思い出せないと言うのなら、これ以上に難しい話はない。 (だが……) 何となく、力になりたかった。今にも倒れそうな彼女を、何故か支えてやりたくなった。 同じ、レイヴンを憎むものとしてか。それとも、また別な何かか。 何にせよ、彼女に対して言える事は一つ。 「……レイヴンを追うなら、俺が力になってやらんこともないぞ」 気が付けば、そう口に出していた。 涙を流しながら、彼女が俯いていた顔を上げる。 その目には、凛とした顔で彼女を見る男の姿があった。 「俺の手を貸してやる。だから、お前の手を俺に貸せ」 そう言って、彼は右手を差し出した。 その手と顔を交互に見て、彼女は戸惑っていた。 「その……私は……」 手を貸すと言っても、何をすればいいのか。そんな迷いが彼女の決断を鈍らせていた。 「丁度オペレーターが欲しかったんだ。やってみないか? 難しいことは何も無い。俺をサポートしてくれればそれでいい。 その代わり……俺がお前の分も、妹とやらの分も養ってやる。 もちろん、そのレイヴンだって追ってやるさ。……見つかる保障はどこにもないが」 最後だけ弱気だった。だが、どこか優しさを秘めたその顔を見て、シーナは決めた。 何も言わずに、彼女は彼の手を取った。 「そういえば……名前はなんて言うんでしたっけ?」 ここに来て、名前を教えてもらってないことに気づく。 遅いと言えば遅いが、元々こんな関係になるとは思っていなかったせいもあるだろう。 「名前なんて無い。好きなように呼べ」 ぶっきらぼうに、そう言った。彼女の案内で、今はシーナの家に向かっている。 住宅街の、ちょっと奥の方にあるらしい。 「好きなように……ですか」 そう言うと、腕を組んで悩み始めた。 そこまで本気で考えることなのだろうか。 「あ」 何か思いついたらしい。それはいいのだが突然立ち止まられると困る。 彼女は、ゆっくりと口を開く。 「幻……」 そう、呟いた。 「幻?」 疑問符をつけて、そのまま投げ返す。 まさかそのまま名前になるようなことはあるまい。 「……幻のような人ですから。『ファントム』でどうでしょう」 真顔でそう聞いてきた。なんと言うか……困ったものである。 安直も安直……せめてもう少し捻って欲しかった。とは言っても、何でもいいと思っていたので何でもよかったのだが。 「……好きにしろ」 若干呆れたような顔で、そう言う。この瞬間から、『ファントム』と彼女の奇妙な関係が始まった。 「それじゃ、好きにさせてもらいますね。ファントムさん」 わざわざ強調して言うな……と、言ってやりたかった。 「あ、ここです」 どうやら、到着したらしい。そう大きくも無く、小さくも無い家だった。 「ただいまー」 そう言って、彼女が中へと入っていった。 ファントムは、しばらくその家を眺める。 「何してるんですか?入ってください」 彼女の呼ぶ声がして、ファントムは視線を戻す。 「あぁ、今行くよ」 ふと端末を見て、周辺のマップを見る。が、すぐに電源を消した。 (まぁ……こんなのも悪くないかもな) レイヴン殺しのレイヴン。 そしてそのオペレーターとその妹。 この三人は、一体どこへ向かって歩いていくのか……。
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88 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 35 01 ID Ro73B6ZZ 病室でふと思ったことは「この病気は感染しないのか?」という事だった。 院長に電話をかけてみよう。 『はい。もしもし。院長です。』 ここでしか言えない名乗り方だな。 「あ、院長。俊輔です。」 『ああ、俊輔君。どうしたの?」 「さっき、聞くのを忘れていたのですけれど・・・僕の病気は感染しないんですか?」 『うん、そうだよね。聞きたいことだよね。一応、WHOの発表だと感染はしない・・・っという事になってる。 けど、万全を期すために君に合う人は ・医療関係者 ・家族 だけになっているんだ。まあ、感染はしない、と思ってくれていいよ。』 「あ・・・そう何ですか。ありがとうございます。」 『いや、いいよー。君が電話してくれたおかげで手鏡を使わずにカメラで・・」 「ありがとうございました!」 最後に何を言おうとしているんだ、この人は。 とにかく、感染しないのならいいや。 がんみたいなものか。 と、そう思いたかった。なぜか、感染はしないと言っても心で何かがざわめくような気がした。 89 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 35 33 ID Ro73B6ZZ ・・・ ・・ ・ 病室でノートPCをいじくってたら晩飯の時間になった。 晩飯・・・・と言ってもサンドイッチと紅茶だけだが。 自分のいる病棟はどうやら隔離病棟と呼ばれているらしい。 今まで親が病棟内のコンビニで物を買ってきていたので知らなかったが、この病棟内のコンビニのレシートを見て知った。 [ローソン ○○病院内隔離病棟内仮説コンビニ] と書いてあった。 だから、廊下・・・いや、他の病室に人がいないわけだ。 まず、院長室に行く時に自動ドアが3重になっている時点でおかしいと思えよ、俺。 院長室にドアが二つあった時点でも、気にならなかったのかという。 笑えてしまうな。つい昨日までは、軽い気持ちで「なんでだろう。」としか思わなかったのに。 今は重い重い物が入ったリュックを背負って人生という道を歩いている気分だ。 しかも、その道は途中で切れていることがわかっている。 ・・・何もやる気が起きなくなった。 そういや、親父とお袋遅いな。 妹の帰国にそんなに時間かかるか? まあ、いいや。けど、暇だな。妹のことでも思い出そう。久しぶりにあうからな。 90 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 36 57 ID Ro73B6ZZ 妹は前に言ったように超がつくほど天才だ。 なんで、俺の妹がこんなに頭がいいのか本当に不思議である。 お袋が俺と妹が小学生の時、面談の帰りにこんな事を言っていた。 『なんで、あんたは弥子よりもこんなに頭が悪いの!?』 ・・・お袋は妹を本当に大切にしていた。おれなんか、近所の恥だとでも思っていたんじゃねえのかな。 けど、不思議とお袋には怒りの気持ちを持ったが、弥子に対しては全く怒り・・・いや、嫌な気持ちを持ったことがなかった。 どんな扱いを受けても弥子が可愛くて仕方がなかった。 小学生低学年だった弥子と一緒に通学していたとき、酔っぱらい運転の車が俺たちに向かってきたことがあった。 俺は弥子をかばって正面衝突をしたような形だった。たしかあの時は全治5ヶ月とか言われた。 弥子は「ごめんなさい。」と俺を見舞いにくるたんびに言っていたが、 あまりに毎回いうので俺も弥子に謝って欲しくなかったし、自分が弥子を助けるためにやったことが逆に弥子を追い詰めているような気がしてある時、 「お兄ちゃんな、謝ってくれるよりも、いつもの弥子みたいにアホとかいってくれた方がお兄ちゃんにとっては嬉しいんだ。」 とかいう、ちょっと捉え方を変えるとドMが『俺を罵ってくれ!』と捉えれそうなことをいってしまった。 正直、あの時なんで俺はあんな事をいってしまったんだ、と思う。 なぜなら、その直後に 91 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 38 57 ID Ro73B6ZZ 「えっ・・・・。本当にいいの?いつもの弥子のふうにふるまっていいの?」 「うん。普段どおりの弥子でいてくれればいいって。」 「そ、そう。じゃあ。この兄貴。おかげで友達から『弥子ちゃんのお兄さんってカッコいいんだね!』って言われてしまったじゃない! 何が悲しくてこの豚みたいな兄貴に助けられなきゃいけないのよ。 いちいち兄貴に謝りにくるのそろそろめんどくさくなってきたの。ちょうど良かった。 そろそろ心の奥で思ってることをぶちまけないとおかしくなりそうだったの。明日からは私の話を聞いてね、この下僕の豚。」 と、豹変したように言ってきたのである。その時はすっかり忘れていたんだが、時々弥子はこんなふうにかわいい顔と優しい心をしているのに、 人が変わったように人に・・・いや、俺に罵詈雑言を浴びせてくるのだ。 たいていその時は俺のことを”兄貴”と呼ぶ。 ・・・・ああ。絶対俺がMになったのは弥子のせいだと改めて思う。 普段は弥子の優しい人格でいる弥子が、年に1回はこんな風に俺に言ってくるのだ。 いわゆる二重人格というやつだろう。 そのときの俺は、「ああ、年一回のアレか。」と思っていた。 しかし、いつもは一日で優しい弥子に戻るのに、その日以来俺しかいないときに弥子はドSの人格で話すようになった。 ・・・・いっておくが足をなめたりとかそんなとこまではいってはいない。 寝ている俺の鳩尾を二時間おきに蹴りにきたり、数時間かけて終わらせた課題をわざわざ消しゴムで綺麗に消したり、 俺を椅子替わりにしたり、足で顔を踏んだり、・・・・いや、完璧に後者は違う意味でいってるな。 けど、ヘタレであるとは自覚しているが、どうしても怒れない。 逆に踏んだりしている時とかの俺をいじめている時の弥子の表情が可愛くて仕方がない。 92 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 39 18 ID Ro73B6ZZ 心の奥でこの表情をもっとみたい、そんな気持ちになったりした。 性的な意味ではないことを付け加えておくが。 けれど、怒ってはないけど、弥子の前で大泣きしたことがあったな。 あれはたしか俺が中学校に入学したときの事だ。 なぜか、俺が初めて教室に入ったとき、クラス全員が俺を凝視してきた。 なぜ登校初日、いや自己紹介も何もしてないのに俺はこんなに見つめられるだ。 そんな事を思いつつ俺は自分の席を見つけ、座った。 荷物を机の中に入れようとした時、俺はあるものを発見した。 それは、封筒に入った小さな紙だった。 気になって出して読んでみると、そこには俺の名前と顔写真、そこに加えて俺の今までの恥ずかしい言動のすべて、 極めつけが弥子に俺が踏まれて笑顔になっている写真だった。 瞬時に封筒の中に戻し、周りを見た。 予想が当たっていればいいが、と思ったが見事その予想は当たった。 その予想は・・・クラスのやつ全員の机の上に俺と同じ封筒と紙が出ていること。 もう、その時点で泣きそうだったのだが、泣き顔を見せたくなく、下を向くと、封筒に目がいった。 よく封筒を見ると小さな字で 「兄貴が友達とか恋人を作ろうと思って、誰かに話しかけると、その人がかわいそうだからね。 みんな同情して友達とかになってくれるかもしれないけど、付き合うのが大変だろうから、 今のうちに近寄らないように警告みたいのをみんなに出しといたよ。」 93 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 39 48 ID Ro73B6ZZ 俺は登校初日、登校開始から30分で早退をした。 弥子はまだ小学校で、明日が登校日だから、自分の部屋にいた。 俺は弥子の部屋に入って、その封筒を見せて、「弥子がやったのか?」と聞いたら、 それはもう見たことが無い笑顔で「うんっ!」と言った。俺はその場で泣き出してしまった。 弥子は心底嬉しそうに「だって、昨日どっかの人が私に口答えしてきたから、腹がたってね。」 その日の前日に、とあることで弥子と喧嘩をした。 たまたま俺はその時カリカリしていて、つい弥子のいつものおふざけに切れてしまいそうになった。 ・・・・中学校の頃はもう思い出したくないな。 友達から変態と言われ、何か事件が起こると先生も皆俺のせいにしてきた。 そんな中学時代だったので、俺は高校は県外の高校を受け、無事合格し入学式まで1週間となった日。 そんな時だった。弥子が英国に留学することになったのは。 俺は弥子が留学することを前日に知った。 俺はもちろん止めようとしたが、説得も虚しく弥子は留学していった。 あれ。なんか、重要な事を弥子の見送りの時にあったような・・・ まあ、弥子が来ればわかるだろう。 94 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 40 32 ID Ro73B6ZZ コンコン 「はい。」 「やあ、俊輔君。」 「院長。どうしたんですか?」 「いやぁ、君の病気は政府に報告しなきゃならなくてねぇ。一応この病気は極秘扱いだから。」 「え、なんで極秘扱いなんですか?」 「治療法も発症原因も分からない病気があると報道されたら、世界はどうなると思う?」 「あ。」 聞くまでもなかったような気がする。 パニックになる。そんなこと当たり前だった。 「だから、この病気を知っているのは私みたいな国立病院の院長ぐらいなんだ。」 「そうなんですか。」 「で、診断書の欄に君の捺印がいるんだ。」 「捺印ですか。はい、いいですよ。」 「ありがとうね。ここね。」 ・・・ 「はい、おし終わりました。」 「ありがとうね。これは2回目の提出だから、本人の捺印がいるんだ。」 「2回目?1回目は誰が?」 95 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 40 53 ID Ro73B6ZZ 「君のお父さんに押してもらったよ。ああ!そういえば、政府もWHOに報告したみたいだ。 で、よくわからないけど、君宛にWHOから封筒が来てるんだよ。 それも、今日の朝発送されたやつが。日本郵政もいつもこのくらい働けばいいのにね。」 「はぁ。で、封筒は?」 「はい、これ。」 確かに、WHOのロゴがでかでかと書いてある封筒だった。 宛先は確かに俺だ。そして、横にICチップがついてた。 「あけていいですか?」 「あ、待ってね。開くときには私のこの端末でWHOに開封許可を申請しないと。」 と、いって院長はPSPぐらいの大きさの端末を出して、封筒のICチップにかざした。 ピッという音とともに、機械音声で開封許可を申請、受理しました。開封できます。と声が出た。 「はい、開けていいよ。」 「どうもです。」 ビリビリと開けてみると、なかには一枚の紙が入っていた。 それまた、WHOの豪華そうな紙だった。わかりやすく言うと、賞状とかで使う紙みたいなものだ。 そこには 96 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 41 20 ID Ro73B6ZZ WHOより、UDTCS(Undying Desire To Commit Suicide)感染者と本患者収容病院院長への通達 UDTCS感染者様へ 明日(本通達発行日の次の日)より、あなたと病室で面会できる方が規制されます。 あなたと病室で面会可能、あなたのいる病棟に立ち入ることが可能な方は あなたの妹 のみとなります。 他の方と面会を希望される場合は、隔離病棟の面会室をご利用ください。 UDTCS感染者収容病院院長様へ UDTCS感染者を収容している隔離病棟の立ち入り制限を行ってください。 貴病院の隔離病棟へ自由に入ることができるのは UDTCS感染者の妹 のみとなります。 それ以外の方が隔離病棟へ立ち入る事を禁じる措置をとってください。 また、生活に必要なものは隔離病棟内の簡易販売所等へ置き、販売員などは設置しないものとします。 面会は自由ですが、UDTCS感染者が希望する方のみとなります。それ以外の方は面会することができません。 本通達は請願書第XXXXX-XXXにより作成されています。請願書受理日XXXX/XX/XX 本通達有効日XXXX/XX/XX,本通達終了日UDTCS患者死亡時 と書いてあった。 なぜか、俺宛の文章は4行なのに、それすらも理解できなかった。 なぜ、弥子だけが俺の病棟にいられるんだ。Why? 院長はこのことを知っているのだろうか? 97 :名無しさん@ピンキー:2010/06/05(土) 22 41 40 ID Ro73B6ZZ 「い、院長。」 「ん、なんだい?」 「あの、これを見てください。」 震えた手で、紙を院長に渡す。 「はい。・・・・・・・・・・。WHOがそういうのなら、そうするしか無い。親御さんも立ち入り禁止か。」 えっ。動揺しないの。なんで、俺の妹だけとか。えっ?えっ? 訳が分からない。 「わかった。私は他の医者とここの販売員に話をしてくるから。」 「ちょっ、ちょっと待ってください。なんで僕は妹以外と病室に一緒にいてはいけないんですか?」 「わからない。けど、WHOの指示だ。拒否するわけにはいかない。私は急いで話をつけないといけないし、そろそろ君の親御さんも帰ってくるから、止めないと。」 走って院長は俺の部屋を出て行った。 いや、本当に意味がわからない。
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わたしはみんなの返事を待っていた。まだ誰も何も言ってくれない。 「雛苺」 口火を切ったのは真紅だった。 「あなた、バンドに入りたい……そう言ったわね」 「ウィ」 わたしは力強く返事をした。 「―――で、あなたは“何が”できるの?」 真紅は冷たく言い放つ。当然だと思う。 いきなり練習を中断させられて、それで『バンドに入れて』なんて都合のいい話はない。 「ピアノなら少し弾けるの…譜面もちょっとは読めると思うし…」 「それだったらウチには薔薇水晶がいるから事足りてるのだわ。彼女もそれぐらいできるもの、そして私もね」 「うゆ……」 それ以上意見は受け付けないとばかりに突き放す。実に真紅らしい態度だ。 自分の信念を傾けているものに半端者は必要ない。 ―――ついてこれるのか、あなたは。 そういう風にわたしには聞こえた。 大丈夫。わたしはあなたたちと並んで歩いていける自信はある。 けれど、真紅の言うとおりわたしは他に何があるのだろう。 考えろ。考えろ。考えろ。 わたしがみんなと一緒にいられるために。 だけど――――考えれば考えるほど、グルグルグルグルと同じ結果になった。 何も―――見当たらない。 わたしには何もないのか。 どうしたら、いいんだ。 不安で顔が強張る。 下を向いてしまった。 すると―――。 「ねぇ真紅。コーラスっていうのはどうかな」 誰かが言った――――誰が? 顔を上げて、真紅以外のみんなを見渡す。 水銀燈?薔薇水晶?翠星石? 最後に蒼星石を見た。 こっちを向いて微笑んでいる。 ――――彼女がわたしを助けてくれた? 「蒼星石…!あなた―――」 「もう少しボーカルラインに厚みがほしいって言ってたじゃない。見てのとおりコーラスができる人数は揃ってるけど 僕はもう少しベースに集中したいからコーラスはちょっと。水銀燈は……こう言ったら悪いかもしれないけど、攻撃的過ぎる。真紅のボーカルと水と油だ。逆ならアリなんだけどね。翠星石は―――まだ無理だと思う」 「なっ……こら蒼星石!美声の姉に向かって何言ってるですか!!」 「まだリズムが安定してないでしょう。その状態でコーラスなんかしたら、曲が酔っ払っちゃうよ」 「蒼星石も結構言うわねぇ」 「……言わなきゃ……いけない時も……ある」 「ああそれと、薔薇水晶」 「……何?」 「君は?」 「……まだ無理……だけど……練習は……しておく」 「それは助かる。いつか頼むよ」 「……任された」 溜息を一つ吐いて蒼星石を見据える真紅。 「わかったわ。あなたがいいたいこと……だから雛苺を?」 その問いに答える代わりに肯く蒼星石。 「でも雛苺の実力も知らないで、はいそうですかとはいかないのだわ――――テストをしましょう」 テスト……わたしの歌を!? 「そりゃそうよねぇ。それもわかんないヤツ入れるわけないじゃなぁい」 「チビ苺の歌って……デタラメ極まりないヤツをよく歌ってるのは聞いたことあるですが、まともなの聞いたことねぇですぅ」 わたしは確かによく歌っている――――らしい。 子供の頃からのクセで、嬉しかったり楽しかったりすると気づかないうちに歌っているらしいのだ。 昔から周りの人にそれを言われるけど、なんとも実感はわかない。 ちゃんとした歌か……。 そういうのあんまり歌わないなぁ……。 「雛苺」 「―――ほえ?」 「こっちにおいで」 蒼星石が手招きをする。 わたしはトコトコと近よる。 「はい。コレ持って」 と言って渡してくれたのは――――マイクだった。 「え―――」 「頑張ってね雛苺」 蒼星石はわたしの肩に手をやって、耳元でそうつぶやいた。 ありがとうなの……蒼星石。 わたしも胸の中でつぶやく。そしてマイクを強く握り締める。 「それじゃあ雛苺、何を歌ってくれるの?合わせれそうならギター付けるわよぉ」 「不味ぃ歌聞かせたらただじゃおかねぇです」 「……何を……歌ってくれるの……言ってくれたら……伴奏するよ?」 みんなの視線が刺さる。いつもみたいなムチャクチャな歌を期待しているのだろう。 けれど今はそれに応えない。 わたしは歌う。一所懸命、伝えてみせる―――。 「うん…じゃあ“秘密基地”を歌うの…」 曲名を言ったら、みんな小首を傾けた。やっぱり知らないかぁ。 「……私知ってる……確か……こんな感じ」 そう言って薔薇水晶が滑らかに弾いた主旋律は、正にわたしが歌おうとしているソレだった。 「うん!それなの。」 「……よかった……さぁ歌って……大丈夫……後に続くから……独りにしない」 少し笑いながら言ってくれた。わたしを安心させるには充分なお薬だ。 わたしはマイクをしっかりと握り、口の少し離した所に持ってきた。 そして―――。 ――――あの頃の小さな僕が見上げる 空は本当に広かった ――――好きな人をこの手で 守れると思っていた 本気で ――――どうして背が伸びない それが悔しかった ここまではわたし独りで歌っていたが、ここから薔薇水晶のピアノが入ってきた。 メロディラインの流れを抑えつつも楽曲の外形がキチンとつかめる伴奏だった。 ――――うん…これならとっても歌いやすい。 そう思った瞬間、シンバルや太鼓の音が聞こえてきた。 音の方を見れば、翠星石がドラムを叩いていた。 わたしは翠星石にありがとうの笑顔を向けた。 翠星石はそれに気付くと、少し赤くなった顔を背けた。もちろん叩くのは止めない。 それを見るとわたしはもっと心強くなっていた。 歌はまだ続く。 ――――わがままをまだかわいいと勘違いしていたんだ ずっと ――――あきらめることなんて思い浮かばなかった ただ前を向いてた ――――でも… 水銀燈のギターと蒼星石のベースも入ってきた。 水銀燈はメロディに沿った単音弾き。 だけどこの人はそんな単純なことでは終らず、一つ二つの音を弾くと必ず邪魔にならない装飾音を付けてくる。 それがメロディと絶妙に絡んできてとても――――気持ちいい。 蒼星石はそれらのスキマを埋めるように確実に音を出す。 なるほど。頼りにされてる訳がよくわかる。 ――――できないことばかりで 早く自由になりたくて ここで四人の音が一つになった。 だからわたしは紡ぐだけだ――――この歌を通して出来たキズナ。 そして重ね合わせる――――わたしの未来へと繋げるこの曲と共に。 ――――いくら手を伸ばしたって 届くはずのない 大きな大きな空 ――――でも僕は何にも疑うことなく キレイな未来を信じてた ――――悔しいことがあると こらえ切れなかった 大きな大きな涙 ――――でもあのときの僕の目は何より輝いていたと思う 最後の詞を切れ切れの肺から吐き出した――――終った…ッ! 歌えた。歌えたんだ、ちゃんと。 身体の内側から溢れる充実感に震えが止まらなかった。 両手で抑えても止まらない。 そんな時、後ろから――――。 「お疲れ様、雛苺」 蒼星石が抱きしめてくれた。 震えは――――止まった。 「アハッ……そうせいせき……」 抱きしめてくれている手を握った。とても落ち着く。 みんなさっきの演奏でかいた汗を拭いている。 「わりと楽しめたわぁ。見た目どおりの高音だったけど……いいんじゃなぁい?ねぇ翠星石」 急に振られた翠星石はビックリしてた。 「な、何でいきなり振るですかぁ……ま、まあチビ苺にしては上出来だったんじゃないですか?」 「……もっと……素直にね……なれたら……ね?」 「うるせぇですぅ薔薇水晶!」 「……怖い怖い……」 怒った翠星石は逃げた薔薇水晶を追いかける。狭い部屋の中をグルグル。 わたしと蒼星石はそれを見て笑った。 「しょうがないなぁ……翠星石!それぐらいにしときなよ」 「止めるなですぅ蒼星石!ここらで一辺痛い目みとく方が今後の薔薇水晶のため……ですぅ!」 すごい気迫だ、今の翠星石を止められるものはいない――――そう思っていたが、現状は意外な一言で変化した。 「止めたら不死屋で好きなもの買って「――――マジですかぁ!?」 すごい勢いで蒼星石の方を向く翠星石。 「マジ、だよ。だから……ね?」 「……わかったですぅ」 「じゃ、薔薇水晶と仲直りの握手」 「わ、わかってるですよ!」 翠星石は素直に右手を薔薇水晶に差し出し、薔薇水晶もまた素直にその手に重ねた。 「うんうん。やっぱりメンバー同士仲良くなくっちゃ!」 実は一番怖いのはわたしの隣りにいる人ではないのだろうか。 「――――で、終った?」 ……忘れてた。もう一人怖い人がいたことを。 「真紅どうかな、雛苺の加入」 「……いいわ」 真紅の口から肯定の言葉が聞けるとは思わなかった。 わたしはビックリして何の反応もできなかった。 「確かに蒼星石の言うように、私もコーラスが欲しいと思う時もあるのだわ。メンバー誰もしてくれないんだもの」 「そういえばユニゾンとか掛け声みたいなコーラスしかしてないわねぇ」 「そっちの方が楽しいですぅ」 「…………うん」 「だから雛苺を入れることは転機になるかもしれない。僕はそう思うんだ」 「……そうね、そうかもしれない―――雛苺」 ボケーっとしてる時に呼ばれたから、ビックリした。 「なななな、何?」 「何をそんなにビックリしてるの…?まぁいいわ。いいかしら雛苺、あなたこれから私たちと一緒についてくる? それがどんなに困難で、逆風渦巻く世界だとしても―――あなたはついてこれる?」 最後の最後まで真紅は真紅なんだなぁと思った。 だからわたしは真紅が好きなんだ。こんな風に素直になれない彼女が。 「うん!ヒナはどこまでも真紅や蒼星石たち、みんなについていくのー!」 ――――そしていつかみんなと肩を並べて、手を繋いで一緒に歩いていくの。 声には出さないで、心で呟く。 まだこの熱い気持ちは取っておこう。 わたしがみんなと同じ位置に立った時、その時初めて話そう。 その日まで今はまだ――――。 「わかったわ。私たちはあなたを歓迎する。ようこそ薔薇乙女へ……そして今後ともよろしくね、雛苺」 微笑みながら言った真紅の一言はわたしの胸に刻まれた。 そしてわたしはこの日薔薇乙女のメンバーになったのだ。 第三話 キズナを歌に END 第二話へ戻る/長編SS保管庫へ/第四話(前編)へ続く
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オープニングテーマ かつて、この世の全てを手に入れた男 ポケモンマスター、ゴールド・ロジャー 彼の死に際に放った一言は、男達を草むらへ駆り立てた = 俺のポケモンか?欲しけりゃくれてやる 探せ!この世の全てをそこに置いて来た!! = 人々は、ロマンを追い求め――― 世はまさに、大ポケモン時代!! ♪進化できない バトれない レベルが低くて じれったい いち、に、さん、し、ポケ・・・モン5(ゴー)!! SSを書こう Break of short story フラグを立てよう 元ネタからのジャンプスタート ありえない二次創作するなら 荒らし耐性それが必要 パクりすぎ それって罪? 米される つまりWinner 替え歌と中弐が 俺達のルール ラブコメなんて どこ吹くかぜ~ ったい更新 一番乗り 完結への夢は ちょーデカい ポケモンしよう 僕と~ 投っ稿できない うpれない mixi重くて じれったい いち、に、さん、し、ポケ・・・モン5(ゴー)!! 俺たちは・・・ここまで来たぜ 俺たちは行く 夢のありかへ ネタ入れ 手を抜かないぜ~ んしんあるのみ それが誓い 夢(ネット)が始まった あの日から 目指す未来は まとめ~ っちゃおもろい SS観たい 2chも重くて じれったい いち、に、さん、し いち、に、さん、し いち、に、さん、し、ポケ・・・モン5(ゴー)!! ポケ・・・モン5(ゴー)!! 本編 ???「しねぇっ!父の仇!!」 アラシ「いてっ?」 急に現れたなぞの女がやったことといえば・・・ アラシのわき腹に向けてナイフを突き立てた。 アラシ「あいたた・・・・・もうちょっと深く刺さってたら、死んでたかもしれないでしょうが・・・・ 一体、何なの!?」 ???「とぼけるんじゃないよ! 5年か4年か12年前に、私のお父さんを殺したのはあなたでしょ!」 どうでもいいけど、俺の書くSSはよく人が死んだり、死んでたりするなぁ アラシ「(えっ 何なんて言ったこの娘? いや、待て・・・・俺は未だかつて人間を殺した記憶なんてない・・・ いや、待て・・もしかしたら知らず知らずのうちn いや、待て・・・・・・・・・・ いや、ま・・・・・ い・・・) ないです、有り得ません」 ???「ふざけんじゃねーーー!! 現に、私が凄まじい画力と、夜も眠らず昼寝して書き上げた犯人の似顔絵だってあるんだぞ!? これを見ても、違うと言い切れるのk」 / ̄ ̄ ̄`´ ̄ ̄ ̄ヽ / ノヘゞ/ヾ丿ヽ丿`ヽ)ヾ ノ 丿 ´_ _` ヾ, ) ( ( て) iて 丿/ ヽゞ  ̄ ,_〉 ̄ ゝ´ \ ノ ヾ 丶―_ / `ヽ__/ -┼─ -┼、\ | ,─|--、 -┼- ─┐┌─┐ -┼ー .i 、 /.-─ / | レ | ) - ヽ- ┌┘└─┤ ヽ、 | ヽ / ヽ_ ./ J `-/- . ヽ_.` └─ ─┘ ヽ_ ヽ/ ウィーゴー!♪ アラシ「違ったみたいね、どうするね」 ???「ゴメン! ほんっとーにゴメン! 実際、お父さんは私と別のとこにいる時に殺されたから、 犯人の顔は知らないんだ・・・・ 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たると思って、これで76人目だよ」 アラシ「今まで、少なくとも76人が重軽傷を負ったわけか とりあえずここいらのジョーイさんに連絡を・・・・」 ???「ちょちょっと待ってよ! 頼むよ~、後生だから・・・・ アンタについてって旅のサポートしてあげるからさ~」 アラシ「どっから話聞いてたの?」 ???「http //www39.atwiki.jp/pokekora/pages/317.html の一行目から」 アラシ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まぁいいよ、俺が君のお父さんの仇だと確信を得たらいつでも殺していいよ」 ???「マジで」 アラシ「一緒に旅する理由はわかんないけど、まぁ、 旅は道連れって、マサラタウンノ=サトシ(598~2012)も言ってたしね」 ???「別に私も一緒に行く必要は無いと思ってるけど、 エメラルド・ジェネレーションの大いなる力がそう言ってるから従うよ。 私の名前はチヒロ。苗字はカギヤマだよ! 10年前に変な本を川原で拾って、性別が逆転しちゃった実は男の子なんだ」 アラシ「どっから作り話?」 チヒロ「10年前の件から」 アラシ「俺はアラシだよ。 よろしくな」 チヒロ「はいよっ! じゃ、次の町に行くとしますか!」 こうして、俺の力によるご都合主義で、アラシは仲間が増えた! 続く ~おまけ ファマー「いや、、、私の。。。。 ニックネームは。。。。」 マキ「どうでもいいけど、何で人間語しゃべれるのに、 前回ポケモン語しゃべってたの?」 ファマー「気分、、です。。。。」
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アジア統一連合『Asia unnied aggregate.』通称アジア統連、またAUAをという。 この政府が誕生したのはおおよそ五十年ほど前、当時の東アジアは経済不況、政治腐敗、そして各国の内乱 などによりに揺れていた。 そんなある日、大国である中華人民共和国が崩壊したことで東アジアのパワーバランスが崩れ、様々な国が 自衛や勢力の増加などを目論んだため大規模な戦争を引き起こされた。 この戦争は『東アジア統一戦争』と呼ばれ様々な国が自らの歴史を振り返り、たて直す契機にもなった。 しかし今までの歴史を振り返るいう行為は聞こえが良いが実際は自分達が信じてきたものが全て崩れ落ちた瞬間でもあるのだ。 そして戦争が終わり数年後、当時の旧中華人民共和国北部に存在する『黄国』の大統領が日本、韓国、南中 国などに安全保障条約を結ぼうと申し出てきた。 当然のように各国の様々な政治的駆け引きがあったが条約は締結、巨大な軍事組織が誕生した瞬間であった。 数ヵ月後には軍事的だけではなく経済や文化的な交流を含むようとなり一種の巨大な国家となった。 さらにそこから数年後、タイやベトナム、ミャンマーなどの東南アジアも加わり、さらに組織は肥大化しア ジアの歴史至上もっとも巨大な国家群となったのだった。 アジア統連初代元首の劉元昌は県政を敷き、合衆国のように細部の政治は各国に任せる形を取る。 これが効したのか、未だにアジア統連は巨大な国家を形成しつつ独自の文化を作り上げていった。 そして西暦2509年現在、この巨大な国家はユニオンとステイツに並ぶ巨大な先進国となったのだった。 ボルスがベットにたどり着いたのはバイラムがユニオンの基地を襲撃してから九時間後のことであった。 既に身体は悲鳴あげており、このまま床に倒れたとしても後悔しないだろう。 フラフラの身体を精神力で支えながらベットを目指す。 「こんなことで音をあげるとは・・・ 軍人失格だな、私は」 風呂に入ることも着替えることもせずそのままベッドに倒れこむとあっという間に寝息を立てていた。 今から六時間前、バイラムが去り事態が収束し一段落した頃であった。 辺りはすっかり暗くなり幾万もの星が瞬いている。 「ボルス、帰還命令が出たぞ」 ホテルに向かう道中、ケントがパソコンのティスプレイを眺めながら言った。 「そうか・・・」 ボルスは案の定と言った顔でハンドルを握っている。 「やれやれ、うちの軍事顧問はこの件をどう思っているんだろうね」 ケントはキーボードのキーを叩き始める。 「どうした、急に」 「いや、あれだけの力を誇示されたんだ。なにかアクションがあってもおかしく無いと思うんだけど」 バイラムの存在、あれによりステイツの上層部はバイラムに対するデータなどを持ってくるように命令をす るはず。 だが来たのは簡単な帰還命令だけ、データのDも見当たらない。 ましてやあの正義主義者達がこのまま黙っているわけが無い。 「一体何を考えているのやら」 ケントは肩を竦めるとパソコンの電源を落とし、シートにもたれ掛かった。 「鹵獲する、なんてことは無いと思いたいな」 ボルスは一人の兵士としての思いを口にする。 「いや、ありうるな。只でさえステイツは更なる力を求めているし、バイラムの技術は実に魅力的だ」 ケントは技術者としての言葉をボルスに言葉を返した。 「まあ、どちらにしても帰らなきゃいけないな、ボルス」 「そうだな・・・ところでホテルはこの道を真っ直ぐだったよな?」 ボルスが辺りを見渡しながら車を進める。 「へ? 僕たちが宿泊しているホテルは十四番地だよ」 「十四番地だと!三十分前に過ぎ去ってしまったぞ!」 ボルス思わず声をあげる。 「なんだって!? おい、ボルス。君が言ったんだぞ、帰りの運転は任せてくれって!」 ケントは素っ頓狂な声をあげる。 「仕方ないだろう! ミスは誰にでもある!」 「僕はニアミスを許せない主義なんだ!」 金切り声を上げながらボルスの首を締め上げる。 「ならばあらかじめ教えておいて欲しいものだ!」 ボルスは思いっきりハンドルを回す。 「そういうところが――」 二人の男を乗せた車は蛇行をしながら夜の闇へと消えていった。 「材料は鉄と銅と錫…」 ボルスがベットで寝息を立てている頃、ケントはパソコンに向かっていた。 近い未来、対バイラム兵器の開発を開発しなくてはいけないだろう。 だがあれに打ち勝つには並大抵の技術では歯が立たない。 その為にはバイラムの装甲に傷をつけることから始めよう。 ケントは近くにあるコーヒーカップを傾ける。 「あっ、無いのか…」 こういうときにコーヒーメーカーがあれば良いんだけど、場所をとるからな・・・ ケントが気を取り直して再びディスプレイのほうを向くと画面にエラーの文字が映っていた。 「駄目か、次はパターン398で……」 再びキーを叩き計算を始める。 彼がゆっくりと眠れるのはのはかなり後になりそうだ。 所変わってアジア統連の最東部に位置する日本県、福岡市。 日本の南方に位置する福岡は既に春真っ盛りであり、桜が所狭しと開花してる。 そんな桜並木が並ぶ道のそばにある大きなマンションから一人の少年が扉を開け出てくる。 手には大きなゴミ袋を持っており、そのままエレベーターに乗り込む。 そして一階に付くと小走りでゴミ集積所に急ぐ。 「まだ来てないみたいだな、よっと」 少年が周囲を見渡しゴミ袋を乱雑に置くと後ろから声をかけられた。 「すみません、あの、ここら辺に森宮さんのお宅はどこでしょうか?」 少年が振り向くと一人の女性が立っていた。 女性は鮮やかな黒髪を後頭部の天辺でお団子にしており、紺の上着とタイトスカート、そして白のブラウス を着ている。顔にはなぜかサングラスをかけており一見すれば勘違いを犯したスパイと言った感じだった。 「僕が森宮ですけど…… 失礼ですがあなたは?」 森宮は疑いの眼差しで女性を見る。 「えっと私は…」 「押し売りなら結構です」 少年は強気の言葉を口にする。 「違います!」 女性は少し怒ったような顔をしている。 「久しぶりだね…祐一君!」 女性がサングラスを取ると少年は彼女が誰であるかを思い出した。 「もしかして・・・奈央さん・・・隣の家に住んでいた水原奈央さん?」 「あたりー!」 女性は、奈央は思いっきり少年を、祐一を抱きしめる。 「奈央さん! ちょっと離して下さい!」 「良いじゃない、久しぶりの再開なんだから」 その際胸が祐一の顔に当たるが奈央はお構い無しだ。 「分かりましたから!そろそろ…… 苦しい……」 祐一は奈央の腕を力技で振り解くと激しく深呼吸をした。 「ここで話をするのもなんですから部屋に来てくださいよ」 「了解」 二人は祐一の部屋に歩いていった。 「どうぞ、粗茶ですけれど…」 祐一は居間のテーブルに座っている奈央の目の前にお茶を置く。 「どうぞ、お構いなく・・・って言った方が良い?」 お茶の水面に奈央の顔が映る。 「言わないほうが奈央さんらしくて好きですよ、僕は」 奈央はほっとため息を付く。 「助かったわ、堅苦しい言葉って嫌いなのよ」 奈央は一息を着くと部屋を見渡した。 「へぇ、結構綺麗じゃない」 「掃除は欠かしてませんよ」 祐一はにこやかに答える。 「所で奈央さんは何をしているんですか?」 この問いに奈央は苦い顔をする 「軍人よ」 「軍人!? 軍人ってあの鉄砲とか持ったり、戦車とかに乗るアレですか?」 意外な答えに祐一はただ驚くしかなかった。 そんな祐一を見ながら奈央はにやけた笑みを浮かべながら質問をした。 「今度は私の質問、祐一君は彼女とかいる?」 「え?ええっと…… いますけど」 こちらも意外な答えに驚いた。 「嘘でしょ?」 「本当です。一応メールを見せましょうか?」 「結構です。あっ、そういえばお父さんは元気?」 奈央が祐一の父親の事を聞くと祐一は暗い顔をして黙り込んでしまった。 そして暫くして祐一は重々しい口を開いた。 「…… 父さんは、行方不明です」 「え?」 突然の事に奈央は呆気に取られた。 一方の祐一はテーブルに視線を置きながらゆっくりと話し始めた。 「今から三年前に父さんたちを乗せた探査艦が突然音信普通になったんです」 祐一は苦々しい顔をする。 「もちろん調査として無人のロケットを飛ばしましたが手がかりも無し、国連の見解では突然現れた隕石によ って粉々に破壊されたって言われていますけど、実際はそんなものとは思えません。もっと別の何かだと僕は 思うんですけど政府の人たちは詳しい事を教えてくれません」 あの辺りには隕石群なんてなかったはず。 握りこぶしを作りながら苛立ちを押さえ込む。 「おまけに母さんの病気は悪化してそのまま寝たきりになっちゃって、八方塞でしたよ。」 祐一は弱弱しく笑う。その顔がとても痛々しい。 私、この子に何が出来るんだろう。 奈央は自分が何も出来ないことに唇を噛み締めた。 「ハロー!ユウイチ!」 重苦しい雰囲気になっていた所に突然一人の少女がやってきた。 少女は長い金色の髪を二つに束ねていて上は白のブラウスとピンクのカーディガンを着ており、下は水色の スカートと白のロングソックスををはいている。顔は白人らしく目鼻が通っておりとても可愛らしかった。 「……Who Are You!?」 大げさなリアクションで奈央を指差す。 「え?」 あまり突然の事に奈央は目を白黒させている。 「あなたは誰って聞いているのよ!」 「あっ、そういうことか。私は水原奈央、よろしくね」 奈央は笑顔で応対する。しかし……。 「ふーん、ユウイチ、こんなおばさんに誘惑されてもついてっちゃダメだよ」 彼女の一言で笑顔が一転、般若の形相になる。 「誰がおばさんですって!?」 「あなたに決まってるじゃない!」 売り言葉に買い言葉、まさに修羅場化している。 「あなたに決まってるでしょうが!」 「落ち着いてよ、メアリー。この人は昔の知りあいだよ。」 いままで黙って祐一がメアリーを諭す。 「ふーん、そうとは思えないわ! 祐一、一人で住んでるし、顔も結構良いし」 きっと愛人にするに違いないわ! 「あのね、お話が飛びすぎのような気がするんだけど」 奈央は冷静さを取り戻すもののやっぱり許せないらしく顔が真っ赤になっていた。 「とにかく! 出て行きなさい! GET OUT!」 「ぐぬぬ!こうなったら意地でも張り付いてやるわ!」 奈央がメアリーに食って掛かろうとしたその時。 「いい加減にしないか!」 祐一の怒声で二人は豆でも食らったかのように言葉を失った。 「ごめんなさい…」 「SORRY」 二人はお互いに頭を下げる。 「よろしい、所で奈央さん、何の用でこの福岡へ来たんですか?」 祐一の質問に奈央は得意顔で答える。 「明日から重慶のほうに行くのよ。」 「明日?って事は今日の飛行機に乗るって事ですよね?」 「ええ・・・ってちょっと、今何時!?」 奈央は時計を見る。今はもう11時過ぎだ。 「まずい!そろそろ行かないと!」 奈央は慌てて靴を履くと玄関から出て行こうとする。 「大丈夫ですよ、飛行機はちょっと遅れるみたいですから」 祐一は携帯電話のディスプレイを見せる。重慶行き、四十分遅れで運行中。 「よかったぁ・・・」 「でも時間を無駄にするのもいけないと思うのでタクシーを呼んでおきましたから。」 「ありがとう!祐一君!」 奈央は祐一の頬にキスをしようとする。 「NO!やっぱり祐一を・・・」 しかしメアリーが今にも噛み付きそうな目で奈央を見ていた 「じゃあ、私はこれで…」 奈央は先ほど呼んでいたタクシーに乗り込む。 「はい、奈央さん…また会えますよね?」 少し寂しそうな祐一の顔を見て奈央は優しくいう。 「もちろんよ、じゃあ祐一君、女の子に優しくね」 「分かっています、それじゃ奈央さん、また」 「うん、またね」 奈央が窓から大きく手を振るとタクシーは走って行った。 「ところで一体何のようだったの、メアリー」 「OH!ごめんね、今日はね、ええっと…… じゃーん!新型携帯電話を買ったんだよ」 メアリーは祐一に銀色の携帯電話を見せ付ける。 「もしかして・・・たったそれだけのためにここに来たわけ?」 「YES!」 あまりの下らなさに祐一は怒ることも出来ず思わず噴き出してしまう。 「くくっ、な、なんだよ、それ」 「うーん、相変わらず祐一は笑った顔が可愛いよ・・・」 「こら、男に可愛いはないだろ?」 「だってホントに良い顔してるんだもん」 メアリーはそういうとおもむろに駆け出した 「あっ、待ってよ。メアリー!」 祐一も彼女を追って走り出した。 水原奈央は重慶に向かう飛行機の中で森宮祐一の言葉を反芻していた。 僕の父さんは三年前に行方不明になりました。遺品も遺書も何一つありません。 「一明さん・・・」 奈央は祐一の父、一明の名前を呟く。 私がまだ中学生だった時、隣に住んでいたのが森宮一家だった。 頼りがいのある父親の一明さん、優しく温かい母親の理香さん、そして元気でやんちゃな息子の祐一君。 当時の私は反抗期真っ只中で両親といつも喧嘩をしていたっけ。口煩いとかお父さんと一緒に洗濯しないで とかそんなのばっかり。 おまけに進路の事でひと悶着があって家出したこともあったっけ。 私を支えてくれた一明さん。こう言うのもなんだけど同級生の男の子より素敵だったな。 「奈央ちゃん、夢があるならそこに行ったほうが良い。他の誰でもない君の夢なんだから…」 両親よりも私を信じてくれた一明さん。このままで良いって言ってくれた一明さん。 そんな一明さんに憧れて私は超巨大宇宙船の開発者になろうと頑張ったけど人生は上手く行かず、偶然に入 れたのがこともあろうに軍っていうお粗末な結果。でも軍艦とはいえ宇宙船を作れたのは正直嬉しい。 その一明さんは私が高校に入る頃になると家族を連れて福岡に引っ越してしまった。 一明さんの夢である外宇宙探索チームがついに結成されたのだ。 しかし祐一君の話によると三年前に一明さんが乗る調査艦が音信不通となってしまったようだ。 政府からの見解は何も無く、遺書や遺品といった物も何一つ発見されていないらしい。 一体何があったっていうの…… 奈央は軽くため息を付くと通路のほうからCAが声をかけてきた。 「あの・・・」 奈央はCAのほうに顔を向ける。 「お飲み物はいかがですか?」 CAはにこやかな笑みを浮かべながら奈央に聞いてくる。 「えっと、じゃあ烏龍茶をお願いします」 「はい、かしこまりました」 CAは手際よくカップを取り出し烏龍茶を注ぐ。 奈央は飲み物を受け取ると再び窓の外を眺めながら物思いに耽った。 「あれから八年か・・・」 今度は祐一の事を思い出す。 久々に会った祐一君は子供の頃とは違いすっかり大人の雰囲気を身につけていたな。 それにやっぱり親子なのか目元とか仕草が一明さんそっくり。 それに隣にいた女の子・・・メアリーちゃんだったっけ? あの子も可愛かったな。 あの二人って恋人なのかな? だとしたらどこまで進んでるんだろ? 帰ってきたら絶対聞いてみようっと。 奈央は思わず顔がにやけながら窓の外を眺めていた。 「間もなく、重慶に到着します。安全の為シートベルトを…」 CAの声で奈央は我に返る。 そして辺りを見渡すと既に着陸態勢に入っていることに気が付いた。 「今はやるべき事をやらないと……」 奈央はシートベルトを締めるとこれからの事を思い出した。 「遅い! 貴様も軍人なら三十分前には到着するように心掛けろ!」 奈央が重慶について最初に聞いた第一声がこれだった。 「えっとあなたは…どちら様でしょうか?」 奈央は目をパチクリさせながら目の前の男性を見る。 男性は黒いスーツを着ており、アジア人特有の肌と黒髪をしていた。 「私の名前はチャウ・リーシェン!日本人の言葉で言えば趙凛深という名前だ」 男は自分の名を奈央に名乗ったので奈央もそれに従い自己紹介をした。 「私は水原奈央、階級は伍長よ」 「伍長?という事は私より一つ下か」 リーシェンはそう言いながら奈央をみる。 一つ下、という事は軍曹なのね。 でも言い方がムカつくわね。 「あの・・・」 「おお、バスが来たぞ」 リーシェンに文句を言おうとした時運悪くバスが着てしまった。 二人はバスの座席に座ると突然リーシェンがこんな事を聞いてきた。 「ところでこれから行く場所がどんな所か理解しているか?」 バスに揺られながらリーシェンが聞いてきた。 「いいえ? 普通の軍事基地でしょ?」 中国大陸南よりの普通の軍事基地、それが奈央の印象だ。 「お前は愚かだな」 「なっ!」 「これから行く場所はあの伝説の英雄『荒鷹』こと、ソウ・ヨウシンがいる基地なんだぞ!」 「『荒鷹』ってあの?」 ソウ・ヨウシン、彼は今から十年以上も前の戦争で活躍した英雄である。それだけではない、天安門に立て 篭もったテロリストを死者を出さずに解決したり、アジア統連で初めてPM部隊を設立したなど武勲をあげれ ば切りがない。 「その英雄と一緒に任務が出来るのだ。気を引き締めろ!水原!」 「はいはい…」 リーシェンの熱意がこもった言葉に奈央はただ口だけで返事をするだけであった。 重慶の基地に着くと奈央とリーシェンはアジア統連の軍服に着替え、司令室に向かった。 二人は司令室の扉の前に立つと目の前の扉が開かれた。 「失礼します! 本日この第五師団、アジア中南基地に配属されたチャウ・リーシェン軍曹です!」 「同じく水原奈央伍長です!」 二人は踵をそろえ背筋を伸ばし敬礼をする。 「ふむ、良く来たね・・・」 そこには優しいそうな中年男性が座っていた。 年齢は五十代後半、柔らかな瞳と穏やかな口調。禿げ上がった頭に白髪が後頭部に申し訳程度ついており白 い口髭がこの人物の年季を表していた。そして制服の襟にはAUAの将校である証の銀の星が付いている。 彼がこの基地の司令官、ソウ・ヨウシンである。 リーシェンは目の前の男性をじっとみる。 これがあの伝説の『荒鷹』なのか? イメージとは全く違うな。 奈央は奈央の方は緊張しているのか敬礼をしたまま固まっていた。 「はっ!これが辞令書です!」 「どうぞお受け取り下さい」 リーシェンと奈央は懐から一枚の紙を取り出すと基地司令に両手で差し出した。 「ほほう、なるほど…」 ヨウシンが辞令書を流し読みをすると二人のほうに目をむける。 「ええっと…… チャウ君の配属先は第三空陸大隊だね、水原君は第八機動部隊。これが命令書だから」 ヨウシンは二人に笑顔を見せながら命令書を差し出す。 「じゃあ、後は向こうの隊長に従ってね」 「はい、失礼します!」 二人は再び敬礼をするとそのまま部屋を出て行った。 「ふう、緊張した…」 奈央は部屋を出ると大きくため息をついた。 「あれが『荒鷹』なのか? 単なる日和見のジジイじゃないか」 リーシェンは鼻息を荒くして言った。 そんなリーシェンに奈央は呆れた声を出す。 「もう、そんな事言わないほうが良いとおもうよ」 「だが事実だ」 リーシェンは胸を張って天井を仰ぎ見たる。 「私は亡きご当主に誓ったのだ。必ずや立派なの将になって見せる、と」 その為にはこんな所で立ち止まってなんていられない。 「ご当主? ご当主って誰なの」 奈央は首をかしげた。 そんな奈央を見て思わずリーシェンは鼻で笑うと遠い目をしながら奈央の疑問に答えた。 「ご当主は私に投資を出してくれた人の事だ。学費や衣食住も全てご当主が用意してくれた。だが一年前に病 を煩ってそのまま亡くなられてしまった。私はご当主に恩返しをしなくてはいけない、周りの者はそんな事は しなくても良い取っているが私はそれを貫きたい。例えそれが時代遅れだとしてもだ」 リーシェンがそう言うと奈央は呆けた顔で彼を眺めた。 「何だ、その顔は…」 「こう言っちゃなんだけど結構考えてるんだね」 正直意外だったな、リーシェン軍曹ってただ何も考えていない熱血馬鹿だと思ってた。 「当たり前だ!そろそろ我々も配属部隊へ行こう、こんなところで油を売っていては部隊長に迷惑がかかるからな」 「そうだね」 奈央とリーシェンがそれぞれの待機室へ向かおうとする途中、奈央はリーシェンの考えに疑問を持った。 「ねえ、どうして軍人なの? ご当主に恩返しがしたいなら弁護士でも公務員でも十分だと思うんだけど・・・」 「そんなの簡単だ、私の性格を考えると弁護士や公務員と言った頭を使う仕事はどうにも向かないらしい。だ から軍人というあまり頭を使わない仕事に就いたのだ」 「へ、へえ。そうなんだ…」 リーシェンの答えに思わず開いた口が塞がらなかった。 「奈央、ここでお別れだ。君の部隊はこの通路を真っ直ぐ言った先にある。私はここを左に曲がるからな」 「うん……」 「では、さらばだ」 リーシェン足早に去っていく。 奈央はそんな彼を呆然と見送っていった。 第八機動部隊の待機室前まで来ると奈央は軽く呼吸を整え扉を開ける。 「失礼します! 本日よりここ、第八機動部隊に配属された水原奈央伍長です」 「ふむ、良く来たな」 そこには二人の女性が座っていた。 ウェーブが掛かった長いブロンド髪、顔は厳しさを滲み出ているが彼女の美しさを損なうことはなく切れ目 と赤い唇が印象的だった。制服をきちんと着こなしているのは彼女が几帳面である事を示しており、襟につい ているのはアジア統連の仕官の証である青の星がついている。 そしてとなりにいる女性は東南アジアの人間なのか肌がすこし黒いが髪は銀色であった。 金髪?なんで白人がこんな所にいるのかしら? 奈央は不思議そうな顔をする。 「私はこの部隊を任されたナタリア・エイゼンシュテイン大尉だ」 「よろしくお願いします、エイゼンシュテイン大尉」 「私のことはナタリア大尉と呼んでくれ。名字で呼ぶと舌を噛むだろう?」 「了解しました、ナタリア大尉」 奈央の言葉に隣の副官の眉が動く。 「ずいぶん軽々しいですね、伍長」 「え?え?」 副官の言葉に奈央は戸惑う。 「おい、そんなにいじめるな。水原伍長、私もお前の事をナオと呼ばせてもらおう」 「了解しました」 「では第三格納庫へ行きPMの整備を頼む」 今まで眉間に皺を寄せていた奈央の顔がパッと明るくなる。 あっ、そういえば二年前に東ロシアもAUAに入ったんだっけ。 この事を思い出した奈央は胸につっかえていた苦しみが溶けるように無くなった。 「どうした?」 「いえ、それでは格納庫へ向かいます。」 奈央は敬礼をすると部屋から出て行った。 「ふむ、何故私の部隊には女ばかり集まるのだろうな?」 奈央が去った後、ナタリアは隣にいる副官に尋ねる。 「そういう運命なのでは」 副官はそっけない返事を返した。 「失礼します!本日よりこの第三空陸大隊にチャウ・リーシェン軍曹です!」 リーシェンが大声で挨拶をすると一人の男がリーシェンの元へやってくる。 男の動きは機敏で無駄がなくそれでいて慎重さと大胆さが程よいバランスで取れていた。 この男、できる。 リーシェンは一目で男がベテランであることに気が付いた。 「私はこの大隊を任されている、カン・コウシュン中佐だ。よろしく頼む」 コウシュンと呼ばれた男はリーシェンに敬礼をする。 「はっ!よろしくお願いします!」 リーシェンも敬礼で返す。 「知っての通りこの大隊は空陸、空と陸を戦場とする部隊だ。リーシェン軍曹、君の事は聞いている。」 「と言いますと?」 リーシェンは頭を捻った。考え付く限り自分の悪行や迷惑と言った事は何一つ聞いていないからだ 「陸戦歩兵部隊で負け無しのルーキーだと聞いていた。最もパンツァーモービルの戦歴は散々だったみたいだな」 リーシェンは若年軍人高等学校にて素手や白兵戦では優の評価を何度も貰っていた。銃器の扱いはもちろん のこと、ナイフ、棒術、ボクシングなど訓練では負け無しであった。 だが機動兵器となるとまったくと言って良いほど手も足も出ず、いつも並の評価を貰ってしまってる。 「はぁ・・・」 リーシェンは思わず苦笑いをしてしまう。 「軍曹、そういう時はふてぶてしく笑う物だ。軍人の弱気は死神を呼ぶ、覚えておけ」 コウシュンは真っ直ぐにリーシェンを見据える。 その視線にリーシェンの精神は引き締まっていき、ある考えが思い浮かぶ。 私はこの男に認められたい。運でも偶然でもなく実力でこの男を乗り越えたい。 「了解しました、中佐殿!」 「良い返事だ、よし、今日はお前も我々と同じ訓練メニューに付き合ってもらう、泣き言はいうなよ、軍曹!」 「はっ!」 チャウ・リーシェンとカン・コウシュン、この二人の出会いは人類にとって有益な出会いであった。 第4話「荒鷹」に続く… ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) +... 名前
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あれから一年が経過した。 様々な場所を巡り、追っ手の襲撃から逃れる男は、またこの町に戻ってきた。 今回は、依頼を一つ受け取ってここにやってきた。 依頼の内容は、酒場で落ち合った時に話されるそうだ。 報酬も、その時に相談する。やばい物を引くかどうか、まだわからない。 (ま、その時はガッポリ頂いてやればいいだけだが……) 表のバーで話すわけにもいかない。少々身の危険は増すが、裏のバーへ向かうことになる。 いつか通った裏通りを、周辺に目を配らせつつ歩く。 時々見える、ストリートチルドレンのような風貌をした者が、こちらを睨んでいた。 (いつの時代も……ひどいもんだ……) 極力目を合わせないように歩く。それでも、敵意だけは逃さないように意識し続ける。 常に神経を擦り減らすような行為だが、最早慣れてしまっていた。 口の端から立ち昇る白い煙が、空に吸い込まれて消えた。 先端のオレンジが、暗い裏通りを弱々しく浮いていた。 何事もなく、バーに到着する。街灯もない裏通りのバーは、看板の明かりが鮮やかに見えた。 それも、頼りないほど弱々しい物ではあるが。 一昔前のテキサスを思い出させるような扉を開き、店の中へ進む。やはりこの扉は雰囲気作りだろうか。 店はそこそこ賑わっているようだった。 満員とまではいかないが、それなりの客の数。 ゴロツキの様な風貌が多いところを予想していたが、そうでもないようだ。 確かに、表のバーに比べればそういった輩が多い。それでもまともな人間もいるようだった。 「いらっしゃい」 初老のマスターの口から、そう言葉が出てくる。 見回してみても、クライアントらしき人物はまだ見えていない。 腕時計を確認する。時間まで後10分あった。 クライアントに指定された席に腰を下ろす。カウンターの一番奥の席だ。 周辺に座っている客はいない。事前に指示されているのだろうか。 いや、そもそも客自体そこまで多くはない。裏のバー故なのか。 裏といってもやばい営業をしているわけではないと思うが……。 そうこう考えていると、目の前にグラスが置かれた。 透明な液体に満ちた、一杯のカクテル。 「依頼主の方から、それらしき男が来たら一杯サービスを、と」 かすかに香るライムの芳香が、鼻腔を刺激する。 ゆっくりとグラスを持ち上げ、氷を鳴らし返事とした。 ラジオから流れるジャズに、耳を傾ける。それしかすることがなかった。 待つこと数分。二杯目を注文した辺りで、クライアントが現れた。 「すまない。待たせたな」 彼とさほど変わらない年齢だろうか。凛々しい顔立ちをした男だった。 髪はオールバック。羽織っている黒いコートが印象的だ。 「マスター……いつもの頼む」 シェーカーを振るマスターにそう告げ、クライアントは彼の隣に腰を下ろした。 グラスに注がれた白いカクテルが、彼の前に置かれた。 それと同時に、クライアントの男はコートの内ポケットへと手を伸ばす。 グラスへ手を伸ばす、それと同時に咆哮が響いた。 ダンッ!! 全てが停止し、ラジオから流れる静かなジャズだけが店内に響く。 焼けた火薬の芳香が、鼻をくすぐる。カウンターに一つ、小さな穴が開いていた。 クライアントの男の手には、拳銃が握られていた。 「……なんの真似だ?」 決して動じることなく、カクテルを口に運ぶ。 視界の端で、静かにカクテルを作るマスターが見えた。 ふん、と溜め息を吐き、男は銃を懐に戻す。 「ちょっとした度胸試しだ。こんなことでビビるような人間に、依頼なんざできん」 それもそうかも知れない。だが普段からそういったことに慣れている彼には、まったく無駄な行為だった。 「マスター……今の音、何で……す……か?」 弱々しい声で、それでいて言葉の最後にはブレーキがかかっていた。 店の奥から現れた一人の人物は、その視線がある場所で停止する。 「……シーナ……?」 紛れもなく、一年前に出会った少女だった。 「お久しぶりですね」 ぶっきらぼうに、顔を合わせることなく彼女は言う。 たった何度か会っただけで、そうフレンドリーになるわけではないが。 とりあえず、いくつか聞きたいことがあった。 そのために、クライアントには一旦席をはずしてもらうことにした。 「丁度一年前ぐらいか……今はここで働いてるんだな」 ひょっとしたら、複数のバイトを掛け持ちしているのかもしれない。 と言うかそう考えるのが自然なのか。 「向こうの店長の紹介です。ここのマスターは向こうの店長の古い友人だそうで」 なるほど……と、別段それを聞いたところでどうと言うわけでもないが。 それよりも、大事な問題がある。先程よりずっと気になっていたこと。 「……どう見ても成人女性には見えないんだが……それと、その格好はなんだ?」 年齢については詳しく問うた事はない。が、とてもじゃないが20を超えているようには見えなかった。 そしてその格好……なんと言うか……。 「……気にしないでください。そこは乙女の秘密ということで」 適当にはぐらかされてしまった。言及するつもりは特にないが。 「この服は……えっと……その……」 静かに、ゆっくりと視線の向きを変えていく。 追ってみると、その視線はマスターへ向いていた。 どうやら、趣味らしいな……。 「まぁ、前も言ったがお前の行動にとやかく口を出すつもりはない」 空になったグラスを置き、続ける。 「人の金の稼ぎ方なんぞ、興味はない。……俺も褒められたようなものではないしな」 マスターに次の酒を注文し、一つ溜め息をこぼす。 彼女はその姿を眺め、黙り込んだ。 途端に二人の間には会話が無くなる。なんとなく、口を開くのが躊躇われる空気だった。 そうしていると、白い液体に満ちたグラスが置かれた。 『ありがとう』と小さく告げ、口に含む。彼の好きな、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。 少女が胸の前で手を結び、ちょっとだけ自分を勇気付ける。彼に向かって、口を開いた……。 「そろそろよろしいかな?仕事の話に戻りたいんだが」 痺れを切らせたのか、クライアントが戻ってきた。そう長いこと話していただろうか。 彼女の方を見ると、仕事に戻ったようだった。何やら雑用めいた事をしている。 「あぁ、すまない。つい話し込んでしまった」 そう言うと、クライアントは何も言わずに席に座る。手には先程とは違うカクテルが握られていた。 その真っ赤なカクテルが、なんとなく嫌な思い出を思い出させる。 確か名前は『エル・ディアブロ』だったか。その名前も、彼は少々気分が良いとは言えなかった。 「で、仕事の話に戻るが……」 そう言うと、コートのポケットへと手を伸ばす。そこから出てきたのは、小型の端末だった。 何度かキーを押し、その画面をこちらへと向ける。そこには、様々な情報が書かれていた。 「輸送機の手配はこちらでしよう。目的は、研究所の制圧だ」 声のトーンを落とし、出来る限り声が他に渡らないように話す。 画面に表示されているマップには、目標となる研究所の外観が映し出されている。 「手順を説明する。まず外の砲台、警備隊の排除は我々が行う。 その後、我々がMTに搭乗し、研究所へ侵入する。その際に先行し、守備隊の排除をお願いしたい 研究所を制圧し、全てのデータを盗み終え脱出するまで、警戒を怠らないように。その後脱出すれば、晴れて任務完了だ」 話しながら端末のキーを押し、様々な情報を次々に表示させる。 そう難しくはないだろう。あまり大きな稼ぎは期待できないか……。 「報酬は20000c用意した。こちらの財力もそう大きくは無いので我慢して欲しい。 なお、依頼の遂行具合によって減算・加算は覚悟して欲しい。以上が今回の依頼の内容だ」 ……ランクとしては中の下ってところか。 実際に現地へ赴いてみないことには、何が起こるかわからない。 しかし、そう難しい内容ではないだろう。多いとも少ないとも言えない報酬が、それを物語る。 気になるのは、彼らが略奪を試みようとしているデータとやら。 それ相応の金になるのだから彼を雇おうと思っているのだろうが、その内容の重要度によっては、警備体制もある程度変動する。 「……まぁいいだろう。それで手を打とう」 とは言っても、あまり気にしていられない。 散財が多く、依頼の少ない彼にとって貴重な収入源だ。 そう依頼を選んでいられないのが、悲しいが現状である 空になったグラスを見つめ、少し考える。今の内に、聞いておけることだけ聞くとしよう。 マスターに次の注文をし、男の方を向き直る。 「いくつか質問させてくれ」 クライアントは一瞬渋り、OKの返事をする。ついでに彼も次の注文をした。 「研究所の所有者は誰だ?」 自分の前に置かれた琥珀色の液体を見つめ、言う。 映し出された自分の顔がなんとなく嫌で、一気に飲み進めた。 「キサラギ……しかし研究内容が特殊すぎて、末端の連中しかいないそうだ。 本社にもやや見放され気味の研究らしい。……正直、金になるかと言えば微妙なところだな」 クライアントの前にもグラスが置かれる。趣味なのか、またも赤に近い色をしていた。 いや、どちらかと言うとピンクに近いだろうか……。まぁどうでもいいが。 「金になる望みが薄いのに……なぜ狙うんだ?」 率直に質問することにした。あまり危険なことに首は突っ込みたくはない。 今の内に詳細をできるだけ確認しておかなければ、後で馬鹿を見ることもあるだろう。 「………………」 黙々とカクテルを口に運び、全く口を開こうとしなかった。 完全なる黙秘。 「……まぁ、聞かれたくないのならば聞きはしない。だが、こっちだって仕事なんでな。一応確認したい」 それでも彼は口を開こうとしなかった。 つい溜め息がこぼれる。気づけばグラスはまた空になっていた。 「マスター……XYZ」 さらに注文をする。この日は、何となく酒が進むのが早かった。 さらに沈黙がお互いの空間を支配する。このままでは埒があかない。 「……わかった。あえて聞かないでおこう……」 このまま無言でいるのも意味が無い。仕方なくこちらから退くことにした。 「すまない……」 それだけ言って、目の前のグラスを空にする。 立ち上がると、いくつかの札を置いてこう言った。 「代わりと言っては何だが、この場は奢ろう。 それでは……レイヴン、期待しているぞ……。」 コートを翻し、去っていく。その後姿が何となく小さく見えた。 彼が店を出ると同時に、最後のグラスが置かれる。 すぐに飲んで、店を出ようと決めた。 「……レイヴンだったんですね」 そんな彼に、少女のか細い声が届く。 声のした方向を見ると、何とも言えないオーラを出しているシーナがいた。 「……どうかしたか?」 なんとなく、近寄りがたい雰囲気だった。 つい恐る恐る話しかけてしまう。 「いえ……なんでもありません」 それだけ言うと、彼女は仕事に戻った。決してこちらを振り向くことなく。 心の中に疑問符を浮かべながら、最後の酒を口にする。 爽やかなレモンの酸味が、精神的にも、肉体的にも疲れていた彼を癒した。 (……急に様子がおかしくなった……気のせいか……?) それ以降、彼女は一度も彼に話かけて来なかった。 作戦決行の前日。生憎の曇り空が何となく気分をブルーにさせる。 一雨来るかもしれない……そう考え、歩調を速める。 向かった先は、一年前……一日だけ世話になったあの店だ。 ドアベルを軽快に鳴らし、駆け込む。急いだつもりだったが、雨の方が一足早かった。 肩も髪も、着ていた服も濡れてしまった。 唯一の救いは、駆け込む少し前に降ったことで、そんなにひどく濡れていないことだけだ。 「とんだ災難だったな……」 天気予報では晴れだった気がしたが……予報なんてそんなものか。 そんな文句を垂れたところで、どうにもならない。とりあえず、目的地に着いたのだからよしとしよう。 「いらっしゃい」 声が、窓の外を見つめる男の背にかかる。 振り向けばそこに、あの時とほとんど変わっていない店主がいた。 「おや、お久しぶり」 どうやら、覚えていたらしい。変わらぬ表情で、挨拶をした。 「覚えていたんですね……お久しぶりです」 とりあえず、握手を求めた。それに応じ、店主も手を伸ばす。 「客はそんなに多くないんでね……悲しいが、一度来た客の顔は大体覚えているよ」 こっちとしては嬉しいが、店としてはやばいのではないだろうか。 まぁ、口に出して言ったりはしない。店主も理解しているだろう。 「それに……彼女と何らかの関係があったみたいだしね」 握手を解き、遠い目をしながら店主は言った。 彼女……シーナから何か聞いているのだろうか。 そこで、ふと気づく。 「……あいつは……今日はいないんですか?」 見回してみても、姿は見えない。てっきりいるものだと思っていた。 彼女に用事があって来たのだが……無駄足だったか。 「シーナちゃんなら今日は休暇だよ。彼女に用でもあったのかい?」 「いえ……そういうわけではありませんが……」 つい否定してしまう。何か余計な勘繰りをされても困るから。 このまま世間話を続けていても仕方が無い。仕方がないが、本題に移ろう。 「今日は、聞きたいことがありまして」 そう、聞きたいこと。そのためにやってきた。 シーナはいない。ならば代わりに店主に聞くまでだ。 「……私が答えられる範囲内なら、答えるよ」 店主はそう答えてくれた。ならば、さっそく聞くとしよう。 「聞きたいこととは他でもない……シーナさんのことです」 そう言うと、店主は微妙に眉を歪ませた。彼は気にせずに続ける。 「何度か関わっただけの、ただの憶測に過ぎませんが……彼女はお金に困ってるんですよね?」 旅人を襲撃する略奪行為……複数のアルバイト。 それだけで、大体の予想は可能だった。金に困っているとしか思えない。 「……彼女を取り巻く環境について、君がどこまで知っているかはわからないが……。 ……確かに彼女はお金に困っていると言っていた。確か……妹さんと二人暮らしだと言っていたな」 妹と二人暮らし……両親は既に亡くなっているのだろうか。 ならばその妹を支えることができるのは、姉である彼女のみ……ということか。 (なるほど……だからあんなことを……) 「両親については、私も詳しくは知らない。既に亡くなっているのか……それとも遠くへ出ているだけなのか……」 後者の可能性は限りなく薄いのではないか。なんとなく、そう予感させていた。 「そうですか……わかりました」 それだけ言って、ドアへと向かう。さっきまで降っていた雨は、少し弱くなっていた。 「もういいのかい?」 「……残りは本人に聞くことにしますよ」 振り向かずにそう言った。 ドアベルと雨の音が、店内に響く。 雨の中に消えていく彼の後姿を見て、店主は溜め息をこぼした。 弱い雨をその身に浴び、宿の駐輪場に置いてあるバイクへと乗り込む。 ガレージへと移動する際、その度に移動手段に困っている。それを解消するために最近購入したものだった。 (残りは戻ってきてからだな……) ここ最近は追っ手との遭遇も少ない、しばらくはここに留まっても大丈夫だろう。 そう思い、明日の依頼で搭乗するACを脳内で構成し始める。 様々なパターンを想定しながら、バイクは街の外へと駆け出していった。 早朝 クライアントが手配した輸送機が到着した。 ガレージよりACを搬出し、輸送機へと搭乗させる。 続いて、彼も輸送機へと乗り込んだ。その際に、今回の行動に関する書類が渡される。 「基本はバーで指示したとおりだ。不測の事態には、その時に最善と思われる方法で独自に対処して欲しい」 書類をめくりつつ、中身を確認する。研究所の内部マップまでご丁寧に用意してあった。 「……OK」 それだけいい、輸送機内の席へ腰を下ろす。 「……オペレーターは雇っていないのか?」 輸送機内には、オペレーターの役割を担う人間の席も用意されていた。 本来なら、レイヴンはオペレーターを雇っているはずなのだが、彼は雇っていない。 「……必要ない。全て自己判断で遂行できる」 それだけ言って、書類に視線を戻した。 そんな彼を見て、クライアントもこれ以上何か言う気が起きなかった。 輸送機が離陸し、作戦領域へ向かって羽ばたいていった。 ACへと乗り込み、目の前の映像に目を光らせる。 既に戦闘は展開されているようだった。固定砲台が火を噴き、反撃の機銃をMTが掃射している。 しばらく見守っていると、砲台は全て沈黙し、敵対勢力は研究所内部だけになった。 『ACを投下する。レイヴン、頼んだぞ』 『了解』 通信機越しの機械のような声。慣れたものだが、違和感は絶えない。 そう思うと、輸送機からACが放たれた。 ブーストを吹かしながら着地し、辺りを見回す。 クライアント側のMTが集結し、既に侵入の準備に取り掛かっていた。 それを見て、覚悟する。 (……よし。やってやるか!!) 研究所のゲートを開き、中へと進んでいった。 内部の警備体制は、外と大して変わらなかった。 やはり本社に見放された末端と言う所か……防衛に資金を費やしている余裕はほとんどないらしい。 AIで制御されたMTを、次々とブレードで突き崩していった。 (かなり手薄な警備だな……) とても何かを研究している施設とは思えなかった。 そこまで本社に異端扱いされていると言うのか……何を研究しているのやら。 (……俺には関係ないことだがな) 誰に言うでもなく、余計な思考を停止させる。 今は研究所の制圧だけを考えよう。 真っ直ぐに前を見つめ、襲い来る自律兵器へマシンガンをぶち込んでいく。 特にトラブルも無く、すんなりと進軍することができた。 時々後方を確認し、クライアントのMT部隊が付いてきている事を確認する。 進軍は順調に進んでいった。 大きなコンピューターが置かれたフロアに出る。 フロア全体が広く、先程まで狭い通路を通っていて強張った肩が一気に解けた気分だった。 コンピューターを破壊しないように最新の注意を払わなくてはならない。 もとよりそのおかげで、固定砲台が数基あるのみのフロアだったが。 マシンガンで順当に破壊していく。気が付けば残弾数は半分以下になっていた。 (……もう少し弾数の多いものを選ぶべきだったか) まぁ順当に行けばこの後は帰還するのみである。そうなれば肩の武装のみでなんとかなるだろう。 クライアントの部隊がコンピューターへ接続し、何やら操作を始める。 データを盗み出しているのだろう。 その間、彼は周辺を警戒し続ける。増援が無いとは、想像できないからだ。 (データの入手が先に終われば、仮に増援が来たとしても逃走するのもありか……) もちろんその際は、MT部隊を先に逃がさなければならないのだが。 ともあれ、不測の事態は常に想定しなければならない。 神経を研ぎ澄ませ、いつでも戦闘体勢に移行できるようにしておく。 『くそっ……プロテクトが複雑すぎる!!』 MTの搭乗者からそんな声が聞こえた。どうやら、すぐには終わってくれないらしい。 意味も無く周辺を歩いてみたり、マップやレーダーを確認してみたりする。 なんとなく、暇なのだ。 『解析完了、データの取得に取り掛かる』 あと少しで終わりというところか……。 急かす訳にもいかないので、何も言わずに待機する。 ビーッ!ビーッ! 警報が鳴り響いた。危険を示す赤いランプが所々に点灯している。 『なんだっ!!』 それなりに、まずい事態になっているらしい。レーダーにも敵反応が出ている。 『急いでくれ。どうやら増援が現れたようだ』 冷静に告げ、戦闘体勢へ入る。後方では、MT部隊が慌しくもデータの入手に勤しんでいた。 ゆっくりと、ゲートが開く。完全に開くと、そこには一機の緑のACが佇んでいた。 『……敵ACを確認……破壊する……』 機械的な声が聞こえる。それは敵ACが放った声だった。 (これは……AI?) なんとなく、声だけでそう感じ取った。浅はかではあるが、支障はないだろう。 (何であろうと……撃破するのみ!!) 先手を取る。ブーストを吹かし、全速力で接近。 挨拶代わりの一発として、肩のグレネードを叩き込む。 しかし、相手は難なく回避する。どうやら高機動タイプのACのようだった。 両腕にライフルを装備した軽量2脚AC。 目視ではそこまで確認するのが限界だった。 高火力武器……ここではグレネードやブレードを当てていけば問題ないだろう。 側面を取られないように常に相手の裏をかいて移動する。 射撃のチャンスを狙いながら、じっと相手を見据える。 マシンガンで牽制は欠かさない。確実に相手の装甲を削っていくのも、戦術だ。 (動きは悪くない……が、相手が悪かったと言うべきか) 『そこだっ!!』 グレネードが火を噴いた。ついでにブーストを全開にし、急速接近。 火球が、緑のACを捉えた。爆風が視界を遮ったが、感覚を研ぎ澄ませ、相手を見る。 反動でよろめくACに、オレンジの一閃を叩き込む。 これはかなりのダメージになったはずだ。 (よし……このまま終わらせてやる!!) 武器をパルスキャノンへと切り替える。 特有の音を発しながら、敵目掛けて連射。確実に装甲を削っていく。 (よし……とどめを……!!) 『データは渡さん……貴様らなんぞにぃぃぃぃいいいいい!!』 途端、吼え猛る。機械的な声は全く変わっていないが、その声は確実に人の『念』がこもっていた。 (まさか……AIではない!?) そう思った瞬間に、視界からACが消え去る。レーダーを追うと、コンピューターへ向かって突撃していた。 (こいつ……データごと吹っ飛ぶ気か!?) すかさず追う。しかし、軽量2脚ACのスピードには中々追いつけない。 (くそ……こうなりゃ!!) ここで撃てば、コンピューターに流れる可能性が高い。だが、手段を選んではいられない。 グレネードを構え、ロックする。 (決める!!) 轟音と共に、火球が飛び出した。 「あのデータは、一体なんだったんだ?」 帰還する輸送機の中で、そう問う。彼は、精神的に大分参っていた。 表情にも疲れが見える。 「…………」 相変わらず、黙秘を貫いていた。 そんなクライアントの態度を見て、つい溜め息がこぼれてしまう。 「……報酬の増額は期待してもいいのか……?」 こっちはAC戦までやらされたんだ。ある程度予測していたとは言え、予定に無い戦力だ。 多少の増額は、期待させて貰ってもいいだろう。 「……そうだな。申し分ない働きもしてくれたことだ……ある程度の増額は考えよう」 とりあえず、増額は期待できる。その声を聞いて安心したのか、つい夢の世界へと旅立ってしまう。 全身から、力が抜けていった。 目覚めると、丁度ガレージへ帰還したところだった。 ACがガレージへ搬入されるところで、クライアントが用意した作業員が作業をしている。 座席から立ち上がり、輸送機の外へ出た。 「お、目が覚めたか」 リーダー格の男から声がかかる。 「すまない……大分疲れていたようだ」 「いいってことよ。気にするな」 それだけ言って、ガレージの方を見る。 忙しなく作業をする人々。こうして見ると、一仕事終えた開放感を味わうことができた。 ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。 仕事の後のこの一服が、たまらなく幸せな瞬間だった。 「報酬の方は口座に振り込んでおいた。確認してくれ」 その声に、「あぁ」と適当に返事をする。 まだ意識が覚醒してないのか、頭がぼーっとしていた。 眠い瞼に、落ちかけた日差しが眩しかった。 既に日は落ち、空には月がポッカリと浮かんでいる。 妙に冷え込む夜だった。 (夏だからって熱帯夜とは行かないか……) そんなことを考えて、夜の街を歩く。 通りの街灯が頭上から降り注ぎ、彼の白髪を一層白く見せた。 (さっさと宿に戻ろう……) 足を速め、宿に向かって歩く。一刻も早く、睡眠が欲しかった。 それと、白髪を物珍しそうな視線で見てくる奴が何となく不快だった。 (……そんなに珍しいのかね……この髪は) そんなことを考えていた。どこか皮肉を含んだように、心の中で吐き捨てる。 そこで、考えるのをやめた。さらに歩調を速め、宿へと急ぐ。 そこでふと、目の前の曲がり角から人影が現れた。 「おっと」 瞬間的に、足を止める。ギリギリの所で当たらずに済んだ。 「あ……」 可愛らしい声が耳に届く。その声の主を見ると、紛れも無くシーナだった。 「……よう」 何となく、適当に挨拶が出る。片腕を上げ、気さくに挨拶したつもりだった。 それでも、どこと無く無愛想なのは元々の彼の性格だろう。 と、ここで重要なことを思い出す。 「そうだ……話があるんだが……」 「急いでますので……ごめんなさい」 そう言うと、足早に去ろうとするシーナ。表情、声の調子、共に明らかに不機嫌そうだった。 「っておいおい。ちょっと待ってくれよ」 逃げようとするシーナの肩を、つい思いっきり掴んでしまう。 シーナは、その腕を思い切り振り払い、強く言った。 「近寄らないでください!!私は、レイヴンが嫌いなんです!!」 ……彼はしばし放心する。彼女は本気の表情をしていた。 「ふっ」っと、短く溜め息がこぼれる。レイヴンとして、あまりいい気はしない言葉だったから。 「わかったら……話しかけないでください」 それだけ言って、振り返る。ゆっくりと歩き出すシーナの背を見て、しばし迷う。 (なんで……数回会っただけなのに気にかけちまうんだろうか……) 「俺も、レイヴンが嫌いだ」 しばらく迷って出てきた言葉は、それだった。 シーナの足が止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「……なぜ?あなたはレイヴンなんでしょ……?」 その疑問を抱くのも当然だろう。レイヴン嫌いのレイヴン。それだけで妙な話だと思ってしまう。 実際に、そう少なくはない話なのだが。 「……レイヴンだけじゃない。企業が……アークが……レイヴンを取り巻く環境全てが嫌いだ。」 淡々と、語りだす。シーナは静かにそれを聞いていた。 「あの事件さえ……無ければ……!!」 つい、力が入ってしまう。歯をギリギリと鳴らすほど、イラついていた。 (あの事件って……まさか……) その予想は、果たして当たっているのか。 この世界には、レイヴンが関わっている事件も少なくない。 いや、むしろそういった物の方が多いとも言える。 程度は様々だが、実に多くの事件が存在する。 「お前は……なぜレイヴンを嫌う?」 ここで、彼が聞く。自分の事を他人に話すのを嫌う彼は、事件について詳しく話した人間は一人としていない。 それは、シーナ相手でも一緒である。いや、むしろ思い出したくないといったところか。 「……私の両親は、レイヴンに殺されました」 場所を人通りの少ないところに移し、彼女がそう語りだす。 表情は憂いを秘めていた。まぁ……話す内容が内容なので、そういった顔になるのだが。 (まぁ……よくある話といえばよくある話。……だが) 「正確には……私は両親が殺された現場を見ていません。……でも、レイヴンに殺されたことだけは確かです」 煙草に火を点け、咥える。立ち上る白い煙が、少しだけ目に痛かった。 「現場を見ていないのに……か」 普通に考えればおかしな話だが、何かあるのだろう。 大人しく話の続きに耳を傾ける。 「妹が……見ていたんです」 妹。確か二人暮らしだと言っていたか……。 「妹も、ショックで詳しいことは記憶にないみたいで……でも、ACに潰された……と」 ……直接潰されたとなれば、惨い事この上ない話である。 市街戦か何かに巻き込まれた……と考えるのが妥当なところか。 「それ以来……レイヴンを憎むようになりました……。 今では……そのレイヴンに復讐するために……お金を……。」 (なるほど……だからあんなことをしていたのか……) 寄りかかっていた壁を離れ、煙草を捨てる。 自らの足で踏み潰し、消化を完了させた。 「……そのレイヴンを追う手段は……あるのか?」 そう言うと、彼女は静かに首を振った。 当然といえば当然か……。ACの構成も、エンブレムも正確に把握していないのだから。 彼女の妹とやらも、ショックで思い出せないと言うのなら、これ以上に難しい話はない。 (だが……) 何となく、力になりたかった。今にも倒れそうな彼女を、何故か支えてやりたくなった。 同じ、レイヴンを憎むものとしてか。それとも、また別な何かか。 何にせよ、彼女に対して言える事は一つ。 「……レイヴンを追うなら、俺が力になってやらんこともないぞ」 気が付けば、そう口に出していた。 涙を流しながら、彼女が俯いていた顔を上げる。 その目には、凛とした顔で彼女を見る男の姿があった。 「俺の手を貸してやる。だから、お前の手を俺に貸せ」 そう言って、彼は右手を差し出した。 その手と顔を交互に見て、彼女は戸惑っていた。 「その……私は……」 手を貸すと言っても、何をすればいいのか。そんな迷いが彼女の決断を鈍らせていた。 「丁度オペレーターが欲しかったんだ。やってみないか? 難しいことは何も無い。俺をサポートしてくれればそれでいい。 その代わり……俺がお前の分も、妹とやらの分も養ってやる。 もちろん、そのレイヴンだって追ってやるさ。……見つかる保障はどこにもないが」 最後だけ弱気だった。だが、どこか優しさを秘めたその顔を見て、シーナは決めた。 何も言わずに、彼女は彼の手を取った。 「そういえば……名前はなんて言うんでしたっけ?」 ここに来て、名前を教えてもらってないことに気づく。 遅いと言えば遅いが、元々こんな関係になるとは思っていなかったせいもあるだろう。 「名前なんて無い。好きなように呼べ」 ぶっきらぼうに、そう言った。彼女の案内で、今はシーナの家に向かっている。 住宅街の、ちょっと奥の方にあるらしい。 「好きなように……ですか」 そう言うと、腕を組んで悩み始めた。 そこまで本気で考えることなのだろうか。 「あ」 何か思いついたらしい。それはいいのだが突然立ち止まられると困る。 彼女は、ゆっくりと口を開く。 「幻……」 そう、呟いた。 「幻?」 疑問符をつけて、そのまま投げ返す。 まさかそのまま名前になるようなことはあるまい。 「……幻のような人ですから。『ファントム』でどうでしょう」 真顔でそう聞いてきた。なんと言うか……困ったものである。 安直も安直……せめてもう少し捻って欲しかった。とは言っても、何でもいいと思っていたので何でもよかったのだが。 「……好きにしろ」 若干呆れたような顔で、そう言う。この瞬間から、『ファントム』と彼女の奇妙な関係が始まった。 「それじゃ、好きにさせてもらいますね。ファントムさん」 わざわざ強調して言うな……と、言ってやりたかった。 「あ、ここです」 どうやら、到着したらしい。そう大きくも無く、小さくも無い家だった。 「ただいまー」 そう言って、彼女が中へと入っていった。 ファントムは、しばらくその家を眺める。 「何してるんですか?入ってください」 彼女の呼ぶ声がして、ファントムは視線を戻す。 「あぁ、今行くよ」 ふと端末を見て、周辺のマップを見る。が、すぐに電源を消した。 (まぁ……こんなのも悪くないかもな) レイヴン殺しのレイヴン。 そしてそのオペレーターとその妹。 この三人は、一体どこへ向かって歩いていくのか……。
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君に届け 2ND SEASON MAY S 「君の届け.../WONDERLAND」 MAY S「君の届け...」(Amazon) 発売元・販売元 キングレコード株式会社 発売日 2011.01.19 価格 1238円(税抜き) 内容 CD 君に届け... 歌:MAY S WONDERLAND 歌:MAY S Spread Your Wings(DJ Chika Remix)feat. M.V.P from M-ST★R 歌:MAY S 君に届け...(instrumental) WONDERLAND(instrumental) DVD TVアニメ「君に届け」1ST 2ND SEASON PV MUSIC CLIP 君に届け...(片桐舞子 1Shot バージョン) 備考